夢を求めてくじけたヲタクが新しいSTEPで素直になったハナシ

1988年、今から28年前に『魔神英雄伝ワタル』の放映が開始されました。

当時自分は小3だったんですが、近所のガキを束ねていた小6の兄ちゃんの「ワタルの時間だ!帰るぞ!」という号令で、皆で兄ちゃんの家に行って観たのを覚えています。

それ以来、そのテレビ時間枠の虜になったわけです。
小4で『魔動王グランゾート』
小5で『魔神英雄伝ワタル2』
小6で『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』

当時はただただ夢中になっていたのですが、今考えると、ガキながらも年々感受性が大人へと近づいていく小学生の時期において、これほどピッタリはまったタイミングは他にないのではないかと。まさに1979年生まれのためにやってたアニメ枠だと思います。
特に、小6でサイバーフォーミュラというのが秀逸です。

どんな作品でも必ずといっていいほどダーティーヒーロー推しになる自分としては、ワタルキャラの中では当初はクラマ、虎王登場後は当然に虎王推しになっていったわけですが、テレビ放映終了後も、井内秀治さんによる小説「虎王伝説」、「魔界皇子 虎王伝」で虎王の活躍を楽しむうち、ヲタク度合いがぐんぐんと上がっていき、中学生という多感な時期であるにも関わらず、周囲が侮蔑の意味をこめて呼ぶ「ヲタク」という言葉に喜びすら覚えるようになってしまいました。
ワタルのせいでヲタクになったと言っても過言ではありません。というか絶対にワタルのせい。


※コレクションのごく一部

普通のアニメファンとはちょっと違った感を出したがるヲタクとして、中学生の頃には既にアニメそのものではなくて、それを作った人達について語るようになってしまっていました。
ワタルは広井王子さんが結構前に出てくる感じのPRが多かったので、当初は当然に広井王子さん推しです。
その後、虎王の小説から井内秀治さん推しになります。

しかし更にその後に思い至ります、「絵ぇ描く人が一番だな」と。
その結果、巨匠 芦田豊雄先生に辿り着くことになります。
魔界皇子 虎王伝の平井久司さん(南風見亮一郎さん名義)の挿絵もカッコ良かったですが、芦田さんの絵でも見たかったですよね。

そんな風にガキがどんどんヲタク化していく中、1997年に大事件が起こります。
超魔神英雄伝ワタル、放送開始です。

当初、ワタルファンとしては大歓喜でした。
一つだけ、提供がタカラからバンダイに変わっていた点には違和感を覚えましたが、とにかく新しい『ワタル』の始まりに期待しかありませんでした。

でも、感じた違和感は伊達じゃなかった。。。
バンダイの商法がふんだんに詰め込まれた作品作りに、「ワタルじゃない!」と思ってしまったのです。

また、期待していたことの一つは、やはり虎王の物語。
欲を言えば「虎王伝説」、「魔界皇子 虎王伝」とのつながりをどう付けてくれるのか。
最低でも、映像化されている最後の作品として『終わりなき時の物語』のラストシーンとの繋がりだけは付けて貰わないと困ります。

しかし、残念ながらファンの虎王に対する想いは完璧に裏切られてしまいます。
制作側としては、ワタル2以降とは違う初期の無印ワタルの続編という事だったらしいので、むしろ繋がりがあってはおかしいのですが。

そして、やってはいけない事までやってしまった。
「虎王と翔龍子が出会う」という、絶対の禁忌を犯してしまったのです。

(尚、後々になって「『超』はあまり気乗りしていなかった」的な事を井内秀治さんがインタビューで仰っているのを見て、だいぶ溜飲が下がったのを覚えています。)

こじれたヲタク高校生は、そんなこんなの諸々の怒りをすべて「バンダイのせいだ!スポンサーによってアニメ作りが捻じ曲げられた!」と認識します。
そんな風にアニメを捻じ曲げたバンダイの商品展開がまた酷かった。
少なくとも、初期ワタルでタカラが展開していたプラクションシリーズのようにワクワクする商品展開では無かったですね。

そんな超魔神英雄伝ワタルに対する想いの結果、こじれたヲタク高校生はなぜか著作権に興味を持つことになるわけです。

その後、大学生時代の2001年には「ふしぎの海のナディア」の盗作であるディズニーのアトランティスが公開され、法律方面の仕事に対する興味はグッと高まります。神様によってそっちの方向に着実に引っ張っていかれることとなります。

理系の学生だったこともあり、そこから「弁理士」という仕事を知り目指すようになるまでは割と早かったのですが、その結果、就職先として具体的に目指したのは玩具会社。特許、商標、著作権、そういった知財に関する業務を幅広く経験できるだろうという言い訳はあったものの、「ワタルをタカラに取り戻す!」が本音でした。その辺は別記事の「就活生に贈るコトバ」にて書きましたが。

で、2002年、タカラに入社。
当然に知財部を希望していたわけですが、当初配属されたのはチョロQのマーケッターでした(笑)
玩具会社に就職する人が一般的に希望するベストポジションなはずなんですが、自分にとっては話が違います。
まぁ、自動車メーカーに商品化の許諾の話をしに行ったりとか、割と面白い経験はできました。

で、入社後半年して、急に移動になるんですが、ここで運命の出会いをすることになります。

次の担当は、これまた誰もが羨むテレビアニメの商品担当。作品は、「冒険遊記プラスターワールド」でした。
この作品、スタジオ・ライブの神志那弘志さんがキャラクターデザインを担当されています。
当然、タカラ入社後は「ワタル!ワタル!」と馬鹿の一つ覚えのように言っていたので、そんな自分に神志那さんと仕事をさせてくれる会社に対し、心から忠誠を誓ったものです(笑)
かくして、夢を求めたヲタクはタカラ入社1年目でスタジオ・ライブの神志那さんと運命の出会いを果たします。
「こりゃ、芦田さんに会える日も遠くないな。」と皮算用が膨らみます。

ちなみに、プラスターワールドの第1話のアフレコには立ち会ったのですが、主人公は今をトキメク福山潤さんでした。
また、後から知ったことですが、私がマネージャーを名乗らせて頂いているヤマトナオミチさんはプラスターワールドで演出を担当されています。

そんな、誰もがうらやむ幸せいっぱいの社会人生活、
のはずだったのですが、不幸はここから始まります。

製作委員会方式とはいえ、玩具会社がメインで提供するアニメでしたので、玩具会社がアニメに対して注文を付ける頻度や強さはハッキリ言って横暴そのものでした。
その横暴な注文を会社の命令でアニメを作っている方々に伝える、そんな役割に自分がいたわけです。

商材が足りないからこの辺で乗り物系のメカでも登場させよう、年末商戦の商材用にロボットは出してもらわないと。
どれもこれも当初の世界観とは合ってないものばかり。
挙句の果てに商品としての完成度を高められなかったから発売見合わせ。

超魔神英雄伝ワタルで感じた、「スポンサーによってアニメ作りが捻じ曲げられた!」という状態が、自分がスポンサーの立場であるにも関わらず発生してしまうことになります。

タカラ内でそのラインのチームを仕切ってた上司や、そのまた上の課長とか、とにかく人を楽しませる仕事をしてていい連中だと思いませんでしたね。本当に残念。
で、2年目の夏にタカラをやめます。

「弁理士になりたい」という想いは心に秘めてはいたものの、タカラにいると毎日午前様なのでまったく勉強ができないというのも理由だったのですが。
ともかく、一度は神志那さんにお会いして、芦田さんに近づいたワタルファンのヲタクは、玩具会社(の中の人)に対する絶望と、「弁理士になる」という想いを胸にエンターテインメントの業界から一度去ります。
夢を求めてくじけてしまいました。

尚、私が辞めた後、数年後にワタルのプラクションがタカラから復刻されたのは嬉しいやら悔しいやらでした。

その後、著作権方面はいったん封印して、理系出身、パソヲタ特性を活かして特許系の仕事を覚えつつ弁理士というポジションに到達することを優先します。
といっても試験勉強があまり好きではなかったのでどちらかと言うと仕事優先な感じでしたが。

弁理士試験合格、著作権委員会所属、特許事務所のパートナー就任と順調に進んでいくわけですが、その過程で不幸が起こってしまいます。
2011年、芦田さんが亡くなられます。

自分がモタモタしている間に、自分にとっての1つの夢が断たれてしまいました。
回顧展には絶対に行こうと思っていましたが、仕事に追われて予定していた日にも行けず、散々な思いをしたのを覚えています。
愛を求めて傷つき、ためらいも、後悔も、眠れないほどでした。

そんな中でも、自分の中で弁理士としてアニメ業界に関わることについて方向性みたいなものが定まって機が熟したら、もう一度神志那さんにコンタクトしてみよう、という想いを持ち続けて、とりあえず特許事務所のパートナーとして日々を淡々とあくせく過ごしていきます。
その過程において、Twitterでアニメーターさんの待遇問題について持論をたまに呟いていた私に興味を持って頂いたアニメーターの方から、Twitterを通じてコンタクトして頂いたりなど、自分の人生がアニメ業界に再度近づいていく空気を少しずつ感じ始めます。

そして2015年の初夏に転機が訪れます。
直接的なきっかけは別のところにありました。
「クライアントに媚びずに真に良い仕事をする」、「所員にとって厳しくとも成長できる良い職場を作る」といった信念を持って、利益はそこそこでも他には無い事務所を作ろうとパートナー業に邁進していたのですが、事務所としては「利益第一」という方向性にいってしまうようでしたので、「付き合ってらんねぇな」という気持ちがかなり膨らんでいました。
また、メインで仕事をしていた大手クライアント、元から大手クライアント特有の嫌な部分はあったものの、それなりにバランスの取れた依頼者だったのですが、偉いさんが変わって以来、そのクライアントの仕事が嫌で嫌で仕方ない状態になっていました。が、自分がパートナーとして事務所内でそのクライアントの仕事を仕切っている以上、「そのクライアントの仕事はもうやらない」っていうのも通らない。
ということで独立を決意。

タイミングを同じくして著作権委員会の副委員長を仰せつかり、神志那さんにお会いしてお話を聞く口実ができたので、意を決してお会いして頂けないか御願いしたところ、快くお会いして頂きました。
図々しいとは思いつつも、こちとら10年越しの想いなわけで、ワタルのBD-BOXの購入特典のブックレットにバッチリとサインをして頂いたりしました。


こんな感じで額装して飾ってありますが、ブックレットとして楽しむのは面倒になってしまいましたね。

独立してアニメ業界での知財業務を本格的にやっていこうと決心したばかりのタイミングでもあり、とにかく終始胸がドキドキしていたのを覚えています。
新しいSTEPで素直になった!」
と確信しましたね。

本当に運命としか思えない話で、前述のTwitterで興味を持ってコンタクトしてくれたアニメーターの方、ふくだのりゆきさんなのですが、神志那さんとふくださんとの間には業界関係者同士、という以上の御縁がありまして、その御縁に私も加えて頂くこととなりアニメ業界での御縁を更に広げて頂いたことは本当に幸運でした。そのおかげでヤマトさんとお知り合いにもなれました。また、その御縁というのが芦田さんの意志を継いだ活動と言うこともあり、「本当に運命によって導かれて今ここに立っている!」と興奮したものです。
遠い夢の輝きを取り戻していくのを感じました。

で、色々と御手伝いをさせて頂きながら今に至るのですが、

そんな「新しいSTEPで素直になった」ヲタクの弁理士、
この度、スタジオ・ライブの知財顧問 兼 軍師を仰せつかることとなりました!

28年前ワタルに出会い、そこから4年間のスタジオ・ライブTV枠によって少年時代の情操を育んだ少年は、そのまんま身体だけ大きくなったものの、心に残る絵の大半を描いた芦田豊雄さんに会うことはできませんでした。

芦田さんに気持ちを伝えられないまま、こんなはずじゃなかったプロローグ
しかし芦田さんの後を継ぐ神志那さんとの御縁により夢の舞台に立つことが出来ました。
心の片隅に、傷跡を残しても、恐れないで 神志那さんを、スタジオ・ライブを支えて前に進みます。

こんなドラマ、現実にあるんですね。

あるんです。
多分、誰にでも起こり得る。
人生は、心の奥の鍵を開ければ輝くはず!

あきらめないでSTEP BY STEP

これまで、自分にとってアニメは楽しむ対象で、自分がアニメに対して(金を使う以外に)何かをできる立場ではありませんでした。

だけど守るよ、今日からは!

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