著作権侵害の線引きの微妙さがわかる、仮面ライダー改造フィギュア事件

3年ほど前、こんな事件がありました。

仮面ライダー改造フィギュア販売 2人逮捕
http://minkara.carview.co.jp/userid/739628/blog/21403688/

仮面ライダーのフィギュアを買う

改造して別のキャラクタ―(怪人)にする

オーションで売る

タイーホ

事件だけ聞くと、
「著作権者の許諾を受けていない怪人のフィギュアを売った」
っていうことで、まぁ普通に著作権侵害なんです。

が、ちょっと考えてみると中々微妙な問題を含んでいます。

フィギュアを買って、それをそのままオークションで転売しても著作権侵害にはなりません
著作物として複製を行っているわけではなく、単純に所有権を譲渡しているだけだからです。

この仮面ライダー改造フィギュア事件も、改造のベースは販売されているフィギュア。
それだけ考えると、「ちゃんとお金出して買ったものを転売して何が悪い」という反論をする人もいそうです。

そこは、そのフィギュアの販売について認められている著作権の対象が何か、ということになります。

例えば、ライダー1号のフィギュアならば、その商品の取引において認められている著作権の対象はライダー1号です。
なので、そのフィギュアをライダー1号のまま取引する分には、著作権法上、何の問題もありません。

しかしながら、別の怪人に改造すれば、それはもう取引されたフィギュアにおいて認められた著作権の範疇を超えてしまっているんですね。

例えばライダー1号をイカデビルに改造して売ったとしましょう。
そうすると、そこには「イカデビル」というキャラによって生じる価値が発生しているわけですが、転売者が当初払ったお金は、「ライダー1号」についての対価であって、「イカデビル」の商品化が許されるような対価は払っていないわけです。

「改造」なので、「ゼロから作っているわけではない」なんて屁理屈は通用しません。
「イカデビル」視点から考えればまったくのゼロ、ライダー1号のことなんて関係ないんです。

というわけで、イカデビルのデザインについての著作権を侵害したとしてタイーホです。

ここで、ちょっと考えてみましょう。
フィギュア、プラモデル等の立体物は、ただ買って飾って楽しむだけのものでしょうか
よりコアなファンであれば、改造して自分の好みのフォルムにしたり、発売されていない別のキャラにしたり、というのは当然に考えられることです。

当然、自分1人で楽しむ分には何の問題もありません。

それを売って商売にするから問題になるわけですが、果たして、全てが禁止されるべきものでしょうか

例えばプラモデルの高い製作スキルを持っている人がプラモデルを作って売ることは特に禁止されるようなことではないと思います。

そこで、ガンダムシリーズで絶大な人気を誇るザク
http://www.gundam.jp/tv/world/mecha/ze01.html

仮にザクⅡのプラモデルが発売されていて、シャア専用ザクのプラモデルが発売されていなければ、ザクⅡにツノ付けて赤く塗ってシャア専用ザクに改造することは当然に考えられます。
ザクⅡのプラモデルを製作する際に、そのような改造を施したら、途端に販売が禁止されてしまうことになるのか?

個人的にはザクⅡをシャア専用ザクに改造することは許されてしかるべきではないかと思います。

原則として、「キャラクター」というキャラの概念は著作物ではありません。
ザクの場合はモビルスーツとしてのデザインが著作物として保護される対象となります。

とすると、「別のキャラ、別のモビルスーツ」というのは「創る側の勝手な線引きに過ぎない」ということが言えます。
つまり、著作物としての権利の範囲は、デザインに基づいて客観的に定められて然るべきではないか、ということです。

ザクの場合、ザクⅡとシャア専用ザクとのデザインの違い「ツノ」「色」という部分、三倍速いかどうかはデザインからはわかりません

ザクⅡのプラモデルを買って、それをシャア専用ザクに改造して売ったとしても、それは許されるべきではないかと私は思います。

が、

グフはどうでしょう。
「ザクとは違うのだよ」
という言葉もあります。

はっきり言ってわかりません。

同じように、ライダー1号をライダー2号に改造(?)したとしても、それは著作物として同じ範囲であると判断されてしかるべきだと思います。
反対に、ライダー1号をV3に改造したら、それはもう著作物として別の範囲でしょう。

では、ショッカーライダーではどうか。
ライダー1号と2号のデザインの違いよりも更に違う気がします。

これもどこまでが許されて、どこからが許されないのか、その線引きは難しそうです。

どう判断されるか、ということがわからないというよりも、
どう判断されるべきか、とうことがわかりません。

ファンがなるべく自由にコンテンツを楽しめる、という観点においては、なるべく広い範囲が許された方がいいかもしれません。
他方、創る側の利益確保の機会を守る、という観点においては、広い範囲が許されるべきではないのかもしれません。

このような問題、
即ち、多くの人が楽しんだり、生活を便利にしたり、という「受けての利益」と、
モノを作る人が利益を得るという「創り手の利益」とのバランスは、
著作権に限らず、特許をはじめとした知的財産権の永遠のテーマなのです。

というわけで、そのテーマについては
§知財が抱える永遠の課題と現状の課題について
で、もっと書きたいと思います。

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