プリンタインクのリフィル戦争が商標法にも飛び火しているらしい話 -商標法の射程範囲-

知財の業界で「プリンタインクのリフィル」と言えば、キャノンvsリサイクルアシスト(平成18年(受)第826号)や、セイコーエプソンvsエコリカ(平成18年(ネ)第10077号)等の事件が有名でした。

簡単に説明すると、プリンタ売るだけじゃ儲からないので交換用のインクカートリッジの販売も独占したいプリンタメーカー(キャノン、エプソン)と、交換用のインクカートリッジを売って儲けるリフィルメーカー(リサイクルアシスト、エコリカ)との裁判です。

プリンタ本体側の機能で非純正品を使用不能にするような手法、例えばカートリッジに搭載したICチップをプリンタ本体側で読み取り、非純正品の場合には無効化するような手法は独占禁止法に抵触します。

なので上記のキャノンやエプソンはカートリッジの特許権に基づいてリフィルメーカーを特許権侵害で訴えました。

この裁判、結構重要な論点を含んでいまして、簡単に言えば

「空になったインクカートリッジにインクを再充填して売る」行為は、

A.インクカートリッジを新たに生産する行為に等しい
B.インクカートリッジを修理する行為に等しい

このいずれかという事です。

「A」なら、インクカートリッジの特許権を侵害することになりますが、「B」なら修理してるだけなので特許権を侵害することにはなりません。

当然、リフィルメーカー側は、「修理しているだけだ!」と主張しますし、プリンタメーカー側は「空になってもう使えないんだから新たに生産してるのと同じだ!」と主張します。

個人的には、インクが切れて使えなくなってるのですから、インクを再充填して売る行為はインクカートリッジを新たに生産しているのと同じだと思います。

リフィル業者側は論点すり替えて「環境問題、資源問題を考えればインクカートリッジのリサイクルは必須だ!」という事を言ったりもしてます。

「そうかもしんないけど、それはプリンタメーカーがやればよくね?」
とも思いますが。
所詮は他人のフンドシかな。安いリフィルは有難いですけどね。
まぁ、プリンタメーカーが元から安く交換用インクカートリッジを出してくれれば、そのうちリフィル業者も淘汰されるでしょう。

まぁそれはそれ
裁判の方、結論から言えば、

キャノンvsリサイクルアシストはキャノンの勝ち
セイコーエプソンvsエコリカはエコリカの勝ち

で、プリンタインクのリフィルが新たな生産なのか修理なのかに関しては、
「特許の内容とリフィルメーカーの具体的な行為に基づき、新たな生産なのか修理なのかを個別具体的に判断すべし」

という感じ。

結果的に、
プリンタメーカー側は「特許の取り方やインクカートリッジの形態を検討して、リフィルメーカーに対し特許侵害を問えるような製品開発を行うべし」
リフィルメーカー側は「特許の内容を精査して、カートリッジを新たに生産しているのではなく、あくまでも修理だと言えるようにすべし」
という事で、戦争が永遠に続くような形になったのですが、

ここにきてあらぬ方向に戦線が拡大しているというネタをヲタク弁理士仲間から仕入れたのでちょいと考えてみようと思います。

エプソンが、インクカートリッジの識別子として、英数字の文字列ではなく「リコーダー」、「ヨット」、「クツ」みたいなコードネームを使用し始めていて、それに伴って商標登録を行っているネタを頂きました。

登録を見てみますと、例えば
【登録番号】  5754738
【商標】    ヨット
【商品/役務】
第2類 インクジェットプリンター用インキ,インクジェットプリンター用インクカートリッジ
第9類 プリンター,インクジェットプリンター,コンピュータ用プリンター

【登録番号】  5754739
【商標】    リコーダー
【商品/役務】 同上

【登録番号】  5777602
【商標】    クツ
【商品/役務】 同上

こんな登録が出てきます。

これだけ見れば、自社のインクカートリッジについて「リコーダー」、「ヨット」、「クツ」といったコードネームを付けて販売していく、他社が紛らわしいコードネームを使うと困る、そういった意味での商標登録に見えます。

が、こんな登録も出てきます。

【登録番号】  5880653
【商標】    ヨット対応
【商品/役務】
第2類 インクジェットプリンター用インキ,インクジェットプリンター用インクカートリッジ,コンピュータープリンター用インキ,コンピュータープリンター用インクカートリッジ

【登録番号】  5880654
【商標】    リコーダー対応
【商品/役務】 同上

更に、「ヨットインク対応」、「ヨットインク用」、「リコーダーインク対応」、「リコーダーインク用」といった審査中の出願もあります。

(;´∀`)…ウワァ…

確実にリフィルインクを狙ってますね。
この商標登録出願、自分は

「ダッサ。。。」

と思います。

なぜかというと、リフィルインクの排除が目的であれば、その目的は達成されないし、商標制度の趣旨に照らしても達成されてはいけないからです。
完全に、商標法の「射程範囲外」なのですよ。

商標法というのは、簡単に言うと「他人の看板を勝手に使ってお客さんを騙して店に誘い込む」ような真似を禁じる法律です。

なので、上記のような「リコーダー」、「ヨット」、「クツ」という商標権があれば、エプソン以外の他社がインクカートリッジに「リコーダー」、「ヨット」、「クツ」というコードネームを付けて売ることはできません。

が、リフィルインク業者が「リコーダー対応」や「リコーダー互換」といった表示をしてリフィルインクを売ることを禁ずるような権利は商標権には一切ないのです。

一応、商標法の条文を引用しておくと、

第二十六条  商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
(略)
二  当該指定商品若しくはこれに類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定商品に類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
三  当該指定役務若しくはこれに類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定役務に類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
(略)

あ~、めんどくさい。
簡単に言えば、「商品やサービスに付されている“説明書き”には商標権の効力は及びません」ということです。
つまり、リフィルインクがエプソンの「リコーダー」、「ヨット」、「クツ」に対応していることを説明するための記載は、商標法によって禁止されるような行為ではないという事です。

判例ですと、以下のようなものが参考になるかと。
◆タカラ本みりん事件(平成13年(ネ)第1035号)
宝醤油株式会社が「タカラ本みりん」という商標権を持っているのに対して、他の業者が(実際にタカラ本みりんが使われている商品に)「タカラ本みりん入り」と表示して売ってもセーフ。

◆がん治療最前線事件(平成16年(ネ)第2189号)
新聞・雑誌を対象とした「がん治療最前線」という商標権があるのに対して、「がん治療の最前線」と表示された書籍を出してもセーフ。

◆ドーナツクッション事件(平成22(ネ)10084)
クッション,座布団,まくら,マットレス等を対象とした「ドーナツ」という商標権があるのに対して、ドーナツ型のクッションに「ドーナツクッション」と表記して売ってもセーフ。

◆HP(ヒューレット・パッカード) QuickLook事件(平成22年(ワ)第18759号)
パソコン関係を対象とした「QuickLook」という商標権があるのに対して、HPが「Quick Look」という名称をソフトウェアの機能として用いても、それはファイルのプレビュー機能を表現しているのに過ぎないからセーフ。

上記の判例いずれも、商標登録された言葉を説明書きやキャッチフレーズ的に使用してもOKという判断がされているものです。「Quick Look」はかなり商標っぽいですが、それでも「機能を表現している」としてセーフです。地裁ですけどね。これ、知財高裁行って欲しかったな。
キャッチフレーズのような、看板なのか説明書きなのか微妙なラインのモノについても「セーフ!」という判断がされているので、リフィルインクが「~対応」みたいな表記が商標法で禁止される道理はないでしょう。

何度も言う通り、「リコーダー」、「ヨット」、「クツ」といったインクカートリッジの商品名を看板として守る上で、その商標登録はなんら責められるものではないし、その商標登録があるからと言って「ヲマイラ、リフィル業者を締め出そうとしてるだろ」と言われるものでもありません、

が、

「ヨット対応」、「リコーダー対応」みたいな商標登録をしているというのであれば、言い逃れはできません。
確実にリフィル業者狙いです。
例に出したタカラ本みりん事件で言えば、「タカラ本みりん入り」っていう商標を取ってるのと同じ。
ね、無意味でしょ?

特許の裁判で負けたもんだから、苦し紛れで商標法でやり返そうとしてる。
しかもその手法も的外れで絶対にうまくいかない。
独禁法で禁止されていることを、商標法を曲解して、いや、判例として結論が出ていることに反しているわけですから、もはや曲解ですらない、単なる無知で行おうとしている。無理なのに。

実際、キャノンは特許の裁判で勝ってるわけで、特許権に基づいてリフィルのインクカートリッジの販売を禁止することは不可能ではないわけです。それが出来ないってことは、インクカートリッジに大した技術が載ってないか、特許の取り方がダメダメだったかのどっちかです。

エプソン、ダサすぎぃ!

と思っちゃいますね。
こんな苦し紛れの手法を実行しちゃう企業もダサいし、こんな商標登録出願を依頼されて請けちゃう弁理士もダサい。
「この出願はダサいし判例的にも無意味だからやめときなさい」って窘めるような顧問はエプソンにはいないんでしょうか。

そして更に調べてみると、リフィルインク業者のエステー産業が「リコーダー互換」、「ヨット互換」といった商標登録出願をしていて審査中になっています。

自己の登録商標であれば、他社から文句言われずに使う事ができるのでエプソンの「リコーダー」、「ヨット」といった登録商標に対して、最低限「リコーダー互換」、「ヨット互換」といった表記の使用だけは確保しようという意図かと思います。

表面的な部分は間違っていないですが、上記の通りリフィルインクが対応していることの説明書きは商標権によって禁止される行為ではないので、これも無駄な商標登録出願でしたね。ご愁傷様。

こんな不毛なことをやる前に、プリンタ売った後に交換用のインクカートリッジ売らなきゃ儲からないようなモノの売り方をやめればいいんじゃないかと思いますが、どうなんでしょう。
とりあえずプリンタメーカー各社には重送対策がしっかりされたプリンタを作ってほしいです。

でも、キャノンはインクカートリッジの特許権に基づいてリフィル業者の牽制に成功しているわけで、引き続きプリンタを安くしてカートリッジで設けるという事が可能。
確かにキャノンのプリンタって機能のわりに安いですよね。
カラリオに勝ち目はないかな。。。

プリンタインクのリフィル戦争が商標法にも飛び火しているらしい話 -商標法の射程範囲-” への4件のフィードバック

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