その1にて、ApacheライセンスのOSSコントリビューターが特許使用権を提供することや、コントリビューター以外に関連する技術の特許権者が存在する場合のリスクを説明しました。
この使用権、OSSのコントリビューションに対応する特許権であり、そのコントリビューターが有しているすべての特許権についての使用権ではない事は当たり前なのですが、その境目の判断は結構難しいものです。
「対応する特許権」と言葉にするのは簡単なのですが、実際にはOSSと特許との対応関係について何らかの登録がされているわけではありません。
OSSのライセンス表記において、「このOSSの利用に関して、利用者は第~号の特許権についての使用権を有する」みたいな表記を行う事は可能です。
しかし、そのOSSの利用がその第~号の特許権の侵害になるのか否かは、司法の判断を経ないうち、つまり特許侵害訴訟が起こって争われないうちは、OSSに含まれる機能を特許の内容に照らして独自に判断するしかないわけです。
つまり、Apacheライセンスにおいてコントリビューターにより自動的に使用権が付与される特許権の判断は一筋縄ではいかないと思うのでその辺を検討してみます。
「コントリビューションを単独または該当する成果物と組み合わせて用いることで必然的に侵害されるもの」とは?
ライセンス条項のうち、Apacheライセンスにより特許の使用権が付与される対象の特許を特定する部分を抜粋すると、
(前略)
ただし、このようなライセンスは、コントリビューターによってライセンス可能な特許申請のうち、当該コントリビューターのコントリビューションを単独または該当する成果物と組み合わせて用いることで必然的に侵害されるものにのみ適用されます。
(後略)
https://ja.osdn.net/projects/opensource/wiki/licenses/Apache_License_2.0
こう書いてあり、「コントリビューションを単独または該当する成果物と組み合わせて用いることで必然的に侵害されるもの」であることが分かります。
これは、読んで字のごとくなのですが、「必然的に侵害されるもの」とか言われると、特許侵害の議論に不慣れな人にとっては途端にとっつきにくくなってしまうかと思います。
その1においてはサラッと技術的要素a1~a4とか書いてしまいましたが、この部分を理解するためには、「特許侵害」についての「オールエレメントルール」の理解を深める必要があります。
「オールエレメントルール」というのは、特許を構成する技術的な構成要件のすべてが充足されて初めて「特許侵害」が成立するというものです。
例えば、技術的要素a1~a4によって構成される特許権Aの場合、a1~a4すべてを実施して初めて特許権Aの特許侵害が成立します。
対して、例えばa1~a3のみ実施し、a4は実施していないは、原則として特許権Aを侵害している事にはなりません。
このように、技術的要素a1、a2、a3・・・という形で技術的要素の一致/不一致が単純であれば苦労しないのですが、出願された特許において文章で記述された技術的事項と、他社が実施している技術とが一致するか否かはそう簡単ではありません。
原告「その機能はこの特許のこの部分に該当する!」
被告「その特許の明細書にはこう書いてあるけどうちの機能はそんなんじゃないから該当しない!」
という技術論争を繰り広げて、侵害/非侵害を争うわけです。
ざっくり言えば、特許権Aの構成要素a1、a2、a3、a4に対して、実施技術の構成要素はa1’、a2’、a3’、a4’という状態なわけです。
その状態で、a1≒a1’、a2≒a2’・・・という事を争う事になります。
コントリビューションを改変しなければそもそも技術論争の必要はない
このような技術的要素の一致/不一致にまつわる議論について、Apacheライセンスの特許使用権の場面では、コントリビューションを改変することなく使用する限り問題にはなりません。
なぜなら、特許権の構成要件とOSSに含まれる技術的要素、すべての技術的要素が一致して「権利侵害」となるのであれば、その特許は「コントリビューションを単独または該当する成果物と組み合わせて用いることで必然的に侵害されるもの」ですので、その特許権者がコントリビューターである限り、その特許の使用権はApacheライセンスによって自動的に提供されるからです。
逆に、技術的要素が一致しないのであればそもそも特許侵害にはなりません。
そもそも、自らの成果物をApacheライセンスで提供しようという人が、コントリビューションを改変することなく使う行為に対して文句なんて言うわけありませんよね。
ただし、これはコントリビューターが有する特許権に関しての話です。
他者の特許権によるリスクは前回検討した通りです。
コントリビューションを改変して使用する場合、どんな事が起こり得るか?
では、コントリビューションを改変する場合にはどんな事が起こり得るか検討してみます。
自分がこの記事を書こうと思った目的がココにあります。
先に図を見てもらいます。
状況は、
・a1~a4を含むコントリビューションであるOSS(A)のコントリビューターαさんが、a1~a4を構成要件とする特許権Aを有している。
・αさんは、OSS(A)には含まれない技術的要素a5を構成要件とする特許権Bも有している。
・OSS利用者βさんは、OSS(A)を独自に改変して技術的要素a5を追加し、特許権Bに抵触する形で実施している。
この場合、特許権Aの使用権がApacheライセンスに従って自動的に付与されるのは当然のことです。
が、特許権Bの使用権はどうなのでしょう?
再度、Apacheライセンスにおける特許使用権の付与の条項を確認してみますと。
本ライセンスの条項に従って、各コントリビューターはあなたに対し、成果物を作成したり、使用したり、販売したり、販売用に提供したり、インポートしたり、その他の方法で移転したりする、無期限で世界規模で非独占的で使用料無料で取り消し不能な(この項で明記したものは除く)特許ライセンスを付与します。ただし、このようなライセンスは、コントリビューターによってライセンス可能な特許申請のうち、当該コントリビューターのコントリビューションを単独または該当する成果物と組み合わせて用いることで必然的に侵害されるものにのみ適用されます。
(後略)
https://ja.osdn.net/projects/opensource/wiki/licenses/Apache_License_2.0
この文章を詳しく読み解くと、
<付与される権利>
・成果物の作成
・使用
・販売
・販売用の提供
・インポート
・その他の方法での移転」
<対象の特許>
・コントリビューターによってライセンス可能なもの
・コントリビューターションを単独で用いることで必然的に侵害されるもの
または、コントリビューションを該当する成果物と組み合わせて用いることで必然的に侵害されるもの
という事になります。
さあどうでしょう。
特許権Bは、使用権が付与される対象の特許に該当するのでしょうか?
まず、特許権Bはαさんの特許権ですので、「コントリビューターによってライセンス可能なもの」に 該当することは間違いありません。
なので、「コントリビューターションを単独で用いることで必然的に侵害されるもの」「コントリビューションを該当する成果物と組み合わせて用いることで必然的に侵害されるもの」のいずれかに該当するか否かが問題です。
「コントリビューターションを単独で用いることで必然的に侵害されるもの」ではない
「コントリビューション」とは、OSS(A)のことです。
OSS(A)には技術的要素a5が含まれないので、上述の「オールエレメントルール」に照らし、特許権Bは、「コントリビューターションを単独で用いることで必然的に侵害されるもの」には該当しません。
構成要件a5の充足については、侵害論の観点で実質的に同一だとか均等だとか議論はあります。
もしOSS(A)を単独で使ったとしても特許権Bの侵害になるのであれば、それは特許権Aの場合と同一ですので検討の価値はありません。今回はOSS(A)を単独で使っても特許権Bの侵害にはならない場合を前提とします。
「コントリビューションを該当する成果物と組み合わせて用いることで必然的に侵害されるもの」に該当するのか?
なので、もう一つの要件である「コントリビューションを該当する成果物と組み合わせて用いることで必然的に侵害されるもの」に該当するか否かを検討する事になります。
この場合、技術的要素a5が条項にあるところの「該当する成果物」に該当するのであれば、コントリビューション、すなわちa1~a4を含むOSS(A)にa5を組み合わせる事によって特許権Bの侵害が成立する以上、特許権BもApacheライセンスに基づいて使用権が付与されることになりそうです。
では、「該当する成果物」とは一体何を意味するのか?
訳文を見てもはっきりしない場合は原文に当たる事になります。
というわけで、原文です。
Subject to the terms and conditions of this License, each Contributor hereby grants to You a perpetual, worldwide, non-exclusive, no-charge, royalty-free, irrevocable (except as stated in this section) patent license to make, have made, use, offer to sell, sell, import, and otherwise transfer the Work, where such license applies only to those patent claims licensable by such Contributor that are necessarily infringed by their Contribution(s) alone or by combination of their Contribution(s) with the Work to which such Contribution(s) was submitted.
http://www.apache.org/licenses/LICENSE-2.0
「該当する成果物と組み合わせて用いること」の原文は、「by combination of their Contribution(s) with the Work」となっており、「該当する成果物」は「The Work」となっています。
そして、「Work」の定義は冒頭で記述されています。
“Work” shall mean the work of authorship, whether in Source or Object form, made available under the License, as indicated by a copyright notice that is included in or attached to the work (an example is provided in the Appendix below).
http://www.apache.org/licenses/LICENSE-2.0
この文章を分解すると、
the work of authorship である
whether in Source or Object form である
made available under the License である
となります。
a5はこの要件に該当するのでしょうか?
重要な要件は、「made available under the License 」の部分です。
これを読み解くには、根幹である著作権ライセンスの条項を確認する必要があります。
Subject to the terms and conditions of this License, each Contributor hereby grants to You a perpetual, worldwide, non-exclusive, no-charge, royalty-free, irrevocable copyright license to reproduce, prepare Derivative Works of, publicly display, publicly perform, sublicense, and distribute the Work and such Derivative Works in Source or Object form.
http://www.apache.org/licenses/LICENSE-2.0
「made available under the License 」 なのは、「the Work and such Derivative Works」です。
従って、a5が 「the Work」もしくは「Derivative Works」に該当するのであればという形で、たらい回しで最初に戻ってしまった感がありますが、とにかくa5がa1~a4に基づいて作成された「成果物(派生成果物)」であれば、特許権Bは「コントリビューションを該当する成果物と組み合わせて用いることで必然的に侵害されるもの」に該当する事になります。
その結果、図2のケースにおいて特許権BはApacheライセンスによる自動的な使用権の付与の対象となります。
逆に、a5がa1~a4に基づいて作成された「成果物(派生成果物)」でなければ、図2のケースにおいて特許権BはApacheライセンスによる使用権付与の対象外ということになりそうです。
例えば、技術的要素a5が、OSS(A)とは無関係に作成され、他のライセンスによって提供されているOSSだったらどうでしょうか。その場合、a5が「The Work」に該当するのかには疑問があります。
その結論として、特許権Bの使用権はApacheライセンスの基では付与されないという事もありそうです。
とは言え、別々に作成されたソースコードを組み合わせるわけですから、「一切の変更を加えずに単純に組み合わせる」という事はあり得ないと思います。
a5がOSS(A)とは無関係に作成され、他のライセンスによって提供されているものが元になっているとしても、OSS(A)と組み合わせるための何らかの改変作業が行われて単独で「成果物」と言えるようにはなっているのが実際なのでしょう。
という事で、コントリビューションに新たな要素を追加するような改変を行って提供するような場合において、コントリビューターがその要素をカバーするような特許権を有していた場合に、Apacheライセンスに基づいて特許の使用権が付与される事をより確実にするためには、コントリビューションと組み合わせる新たな要素が、「成果物(派生成果物)」と言えるようにする事、つまり対象のコントリビューションと組み合わせるために何らかの作業を行って生成されたものである点に留意が必要かと思います。
尚、OSS(A)に他から持ってきたa5を組み合わせて完成したa1~a5を含むもの全体を「成果物」と位置付けるとどうでしょう?
コントリビューションと「組み合わせて」いるのはあくまでも技術的要素a5ですので、 この場合には「コントリビューションを該当する成果物と組み合わせて」いるのか否かが怪しくなってきます。
と、かなり細かい事を検討してみましたが、Apacheライセンスの元でソースコードを公開するコントリビューターですから、こんな細かい隙間を突いて特許権を行使するという事態は基本的には想定しずらいかもしれません。
しかし、特許権までケアされたOSSライセンスが存在するという事実が何を意味するか。それは、特許権の不行使に関する条項が必要とされた、つまり特許権の行使によるOSS活動の阻害がかつて生じたという事でしょう。
その辺の歴史まで詳しくは知りませんが、広く使われているライセンス形態には相応の必然性があるという事なので、ライセンス文の細部まで理解と検討をしておくのは無駄ではないと思います。
コントリビューションの改変には様々なパターンが考えられる。
では、新たな要素を追加するのではなく、コントリビューションの一要素を改変し、a1、a2、a3、a4をa1、a2、a3、a6にして提供する場合において、コントリビューターがa1、a2、a3、a6をカバーするような特許権を有している場合はどうでしょうか?
これについて次回に検討したいと思います。
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