生成AIによる特許明細書の作成に対するアンチテーゼ~請求項決め打ちの明細書の是非~

※画像はAIで生成しましたw

 生成AIに関する話題が喧しい昨今、最も旬なのは拡散モデルによる画像生成かなと思います。自分も各所で研修講師の対応したり報告書書いたりとその旬具合を身を持って感じているところです。

 他方、我々自身の業界でも生成AIは大いに話題で、その最たる例が生成AIによる特許明細書の作成です。
 同業者からこの手の話題を振られることが増えてきました。
 結論から言えば、自分自身は特許明細書の作成に生成AIは使いません。
 今回は、なぜ生成AIによる特許明細書の作成が否なのか、そのアンチテーゼについて語ってみたいと思います。

§1 特許明細書の構成

 特許の出願書類というものに馴染みのない業界外の方のために、まずは特許出願書類というものがどういう構成になっているのかを簡単に説明しますと、下記のような構成になっています。

・願書(出願人の情報等)
・明細書(技術的な課題や技術内容の具体的な説明、発明の実施の形態)
・特許請求の範囲(権利範囲を画定するために発明の最低限の構成を示す文章)
・図面(実施の形態での説明に用いる視覚的な情報)
・要約書

 「特許請求の範囲」というのが、権利範囲を画定するために発明の内容を記述する部分なのですが、ここは1つではなく、請求項1・・・、請求項2・・・、という形で一定の条件のもとで関連性のある複数の発明が記述されます。

 この特許請求の範囲は、疑義なくかつ余計な情報を廃した簡潔な形で記述されますので、それだけでは発明を実際に実施するために情報が不十分(ではいけないはずなのですが、、、)なこともあり、それを補足して実際に発明を実施することができるように「明細書」や「図面」が添付されているという形になっています。

 上述したように複数記載される請求項のすべてが実施可能なように、技術の内容が具体的に記述されるのが「明細書」で、そのなかで説明をわかりやすくするために用いられるのが「図面」です。

§2 特許出願書類への生成AIの活用

 このような特許出願書類の構成の中で生成AIが活用されるのは、「明細書」及び「図面」の部分です(要約書についてはAIを使うまでもないので割愛)。
 具体的には、「特許請求の範囲」を弁理士が作成し、それに対する「明細書」及び「図面」(のベース)を生成AIに作成させるというもの。世の中に公開されている大量の特許出願書類を学習し、「特許請求の範囲」に対する「明細書」及び「図面」のパターンを学習させて、、、という生成AIお決まりの形ですね。少なくとも自分が知っているAIはこのパターンです。

 公開されている特許出願書類の中には学習したら馬鹿になるようなものも当然あるので学習対象は絞ることになると思いますが、例えば自分自身の明細書のみを学習させてモデルを作るなどすれば、それなりに使えるのかもしれないなとは思います。

§3 特許出願書類の作成スタイル

 なんですが、自分は使いません。その理由を語るためにはまず自分自身の明細書作成のスタイルをある程度語る必要がありますね。

 このスタイルを語る上で重要な観点となるのは、

 特許出願というものを「特許請求の範囲」の観点で捉えているのか、それとも実際に提供される商品やサービスの観点で捉えているのか

ということです。

 様々な同業者と話していて感じることですが、表現や認識の違いはそれぞれあれど、弁理士の特許に対する姿勢は大きくこの2つに分かれます。どっちが良い、どっちが優れている、というものではないのかもしれませんが、ハッキリ言っておくと自分は後者のほうが良いと思うし優れていると思います。ただ、クライアントによって向き不向きがあるので、一概には言えません。

 で、「特許請求の範囲」主観で考える弁理士は、特許出願の案件を受けて出願書類を作成する際、クライアントから提供された情報に従ってまずは特許請求の範囲を作成し、それに応じた「明細書」や「図面」を作成して仕事を完了します。まぁ、一見すると効率的です。
 そして、このスタイルであれば、上記のような「特許請求の範囲」に基づいて「明細書」や「図面」(のベース)を自動的に生成するAIというのは非常に便利なんでしょう。

 他方、商品やサービス主観で考える場合、自分の場合は、クライアントから提供された情報に従ってまずは「明細書」や「図面」を作成します。
 この「明細書」や「図面」の作成の過程が重要で、単にクライアントから提供された情報、仕様を書くのではなく、下記のようなことを考えながらゼロから構築していきます。

・商品やサービスのそもそもの利点、目的は何か
・従来技術との決定的な違いは何か
・商品やサービスを構成する各部を代替する技術にはどんなものがあるか
・現状でも記載可能な改良点はあるか
・自分がこの特許を逃げるならどうやって逃げるか

 これらのことを考えながら、当初ある程度想定していた「特許請求の範囲」を修正していくわけです。
 その結果として権利範囲に漏れがなく、かつクライアントも想定していなかった部分まで検討が行き届いた書類の完成を目指すわけですね。

 まぁ、依頼当初の想定を上回ると面子を潰されたとでも思うのか、キレてくる大企業の知財担当者には「特許請求の範囲」主観で十分だと思います。その結果として眼の前の担当者の面子は保たれても真の依頼元である企業は損してるわけですけどね。

§4 生成AIによる明細書作成の欠点

 ここまで書けば何が欠点かは一目瞭然ですね。
 現状の生成AIによる特許出願書類の作成は、「特許請求の範囲」に基づいて「明細書」及び「図面」(のベース)を生成するものですので、当初に想定した「特許請求の範囲」が正しいものであるか否かの判断を詳細に行う手順がなく、そこは弁理士に委ねられるわけです。

 が、「特許請求の範囲」のみを作成した段階でそれが正しいか否かを検討するのもなかなか難しいものですし、その「特許請求の範囲」に基づいて「明細書」及び「図面」が完成した状態で検討しても状況は大きくは変わらないでしょう。

 AIにより生成された「明細書」及び「図面」を確認しながら上述したような検討を行うことも可能ですが、だったら自分で書くのと何が違うの?生成AIを利用する意味ってある?ということになるわけです。
 また、実際に自分で「明細書」及び「図面」を書きながら考えることで気づくことは相当にあります。出来上がったものを見るだけで気づくこととの間に差があることは火を見るより明らかでしょう。

 つまり、弁理士による「明細書」及び「図面」の作成手順というのは、そのスタイルにもよりますが、少なくとも自分にとっては出願の方針が本当に正しいのかを確認する作業でもあるわけです。
 特に自分が主とする中小企業からの依頼、中でもその企業の一番最初の特許出願においては、想定している特許の方針が正しいものか否かというのは何度でも再検討すべきもので、この「明細書」及び「図面」を作成しながらの検討でクライアントに「やっぱこっちじゃないですか?」と言ったことは結構あります。

 というわけで、その手順をすっ飛ばして、当初の情報のみで作成した「特許請求の範囲」の記載に基づいて手っ取り早くでっち上げようという生成AIによる「明細書」及び「図面」の生成には現状では否定的見解をもっています。

 ただ、何度も擦りますが、「言われたことだけやってろ。金はたいして払わん」という大企業の依頼であれば、生成AIによる明細書作成というのは割れ鍋に綴じ蓋とでも言いますか、まぁ効率的なんだろうと思います。

 そんなことばっかりやってたらそのうち大企業は弁理士に仕事出さずに生成AI使って自社で仕上げて出すようになると思いますが。

 自分が危惧するとすれば、それが当たり前だと勘違いした中小企業が真似して検討不十分な出願が量産されてしまうことくらいですかね。

§5 シンギュラリティとは客観的なものではなく、人間が敗北を認めるということである

 というわけで、自分が生成AIを明細書作成に使うとすれば、自分と同じレベルで

・商品やサービスのそもそもの利点、目的は何か
・従来技術との決定的な違いは何か
・商品やサービスを構成する各部を代替する技術にはどんなものがあるか
・現状でも記載可能な改良点はあるか
・自分がこの特許を逃げるならどうやって逃げるか

これらの検討をやってくれるモデルが開発された場合なわけです。

が、

これができます!

と言われて、

はぁそうですが、じゃあ使います。

となるかと言えば否ですよね。大事なのは、「自分と同じレベルで」という部分なわけです。つまり、自分が負けを認めた時に初めて使用する可能性が出てきます。

 シンギュラリティという言葉がありますが、それは客観的に「AIが人間を超えた」という状況を指すというよりは、人間が心の底から「AIには勝てない」と認めたときのことを指すんだろうなあと思ったりします。

 例えばこの文章にある通り特許明細書の作成という一分野においても、何をもって勝ちとするかが不明確なわけです。
 なんども擦っている通り、大企業からすれば既に生成AIで十分で弁理士なんて必要ないのかもしれないですし、生成AIが当初想定していた権利範囲とは異なる結果を提示したとして、AIが出した結果と、自分が出した結果のどっちが正しいのか、よりクライアントの利益になるのかの視点も様々です。

 また、藤井八冠が100連敗するような将棋AIができたとしても、それはあくまでも将棋という分野における人類の敗北というだけでシンギュラリティとは呼ばないでしょう。

 ChatGPTが嘘をつく、というのは今や常識ですが、そんな状態で人間が負けを認めるとは到底思えないです。
 AIがこちらの想定とは異なる解を提示してきた場合、「嘘つき」としてそれを疑うのが現状の常識である以上、特許出願書類の作成なんていう慎重な検討が必要な仕事をAIに任せる未来は今のところ見えないですし、ツールとして使うにしても、その案件に対して思考を深める上で重要な工程である「明細書」及び「図面」の作成工程を一部なりとも任せた結果として検討が不十分になり、最終的な成果物のクオリティに影響してしまっては本末転倒です。

 それに、毎回ゼロから明細書を書いているとは言え、業界経験が20年を超えてくれば自分なりのパターンとプルーフは当然もってるわけで、その中でベースになり得るものを抽出して時間の効率化は図っているわけです。なので生成AIによって出力されたものをベースに作成したところで、大した時間短縮にはならずにクオリティだけが下がるというのが現状の理解です。

 というわけで、現状のスタイルで仕事をして行く限り、そしてそのスタイルに金を払ってくれるクライアントがいる限りは、少なくとも自分の想定するクライアントの仕事において生成AIによる明細書作成に負ける気はしないなというお話。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。