-撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!-
(by ルルーシュ・ランペルージ)
刑事事件の冤罪は掛け値なしに「悪」で絶対に起こってはいけないことだという認識は割と共有されていると思います。
それに対して知的財産権の行使はどうでしょうか。
数多くの判例を読んできましたが、
権利侵害不成立
という判決は星の数です。
「裁判だから、原告が勝つ場合もあれば負ける場合もあるよね」
で終わらせていいとは思いません。
あなたが何か自分で商売をしていて、ある日突然、全く身に覚えがないのに「お前の行為は特許権侵害だ!商標権侵害だ!」と言われたとします。
そして、弁護士等に相談して裁判で争い、「権利侵害ではない」という結論を勝ち取ったとします。
めでたしめでたしですか?
裁判を戦い抜くために支払った弁護士費用、かけた時間、そして何よりも訴訟中の精神的な苦痛。
それらについては一切補償されません。払い損です。
刑事事件でいうところの冤罪と同じです。
いや、冤罪の場合には不当に拘束された期間に応じて補償金が支払われるらしいですから、金銭面のみに関してはむしろ冤罪よりも損と言えるのではないでしょうか。
弁理士として仕事をしてきた中で、この点には非常に憤りをもっていました。
中小ベンチャー企業を主なクライアントとするようになってからは余計にです。
そのため、ブログでは横暴な権利行使や権利主張に対して警鐘を鳴らし、実務においてはクライアントに対して安易な権利行使はひかえるべきことを強く説いてきました。
問題は、それを説く際の説得材料です。
突き詰めると根本的な理由は「法目的に反する」というものなのですが、仕事の依頼における説明の根拠に「法目的」なんて言葉を持ち出してもイマイチです。
クライアントは法目的を達成したいわけではなく利益を出したいわけですからね。
その辺を多少説明しつつ、会社の評判、企業価値が下がるという説明はできますが、世間の評判も重要な要素である上場企業であればこそ多少効くものの、非上場の会社の場合にはあまり響きません。
ここ数年は知財絡みの炎上事案も見られるようになりまして、それらの大半は見当違いだったり横暴だったりする権利行使が理由だったので、それも説得材料にはなりました。
その他、対応するためのお金が無駄になる、くらいしかビジネス的な根拠というのはなく、権利行使に対して鼻息が荒くなっているクライアントを思いとどまらせる決め手に欠ける状態だったんですね。
ですが、
安易な権利行使には手痛いしっぺ返しがありますよ
ということが言える歓迎すべき判決が出ました。待ってました!
事案の概要
大阪地裁令和5年(ワ)第893号
・原告が複数種の「Qbitいつでも簡単トイレ」という簡易トイレをAmazonで販売していた。
・被告が「いつでもどこでも簡単トイレ(ロゴ)」(商標登録第6533721号)という商標権に基づき、原告の商品を対象として権利侵害の申告を行った。
・Amazonは被告の申告に応じて原告の商品の出品停止措置を行った。
・原告は被告に対して申告の取り下げを要求したが応じられなかった。
・その後、Amazonは原告の申請に応じて原告商品の出品停止を順次解除した
・原告は不正競争防止法第2条1項21号(競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為)に基づく損害賠償請求等を求めて被告を提訴した。
原告の商品
判決文によれば原告の商品は6種ですが、いずれも「Qbitいつでも簡単トイレ」という商品名を含みます。
今現在Amazonを検索すると、これ等がヒットします。
原告の商標権
原告は商標に関して全くの無防備だったわけではなく、
第21類 簡易トイレ、非常時・緊急時用簡易トイレ
を指定商品として、以下2つの商標登録を有していました。
・Qbitいつでも簡単トイレ(商標登録第6636059号)
・(ロゴ)いつでも\簡単トイレ(商標登録第6663718号)
ぶっちゃけ、この2つの商標権を確保しつつ上記の商品を販売していて商標権侵害で文句言われたら、意味不明すぎて思考停止してしまうかもしれません。
被告の商標権
被告が有していた、つまり上記の原告の商品販売に対してぶつけた商標権は、
第1類 化学剤、廃棄物処理剤
第21類 災害時用簡易トイレ、ペット用トイレ、携帯用簡易トイレ、寝室用簡易便器
を指定商品とするもので、上記の通り
「いつでもどこでも簡単トイレ(ロゴ)」(商標登録第6533721号)
です。
我々が見れば、登録商標「いつでもどこでも簡単トイレ(ロゴ)」は、販売商品の商品名「Qbitいつでも簡単トイレ」に対して、ロゴが無いし、「どこでも」が抜けているし、そもそも記述的(商品の質を示している)という点など、「刺さらないんじゃないか?」ということは当然に予測しますが、知財を生業にしていない方にとっては「権利侵害だ!」となるものでしょうか。
少なくとも、自分であればこの権利行使について依頼があっても絶対に請けませんし、知り合いから言われたら止めます。
また、この商標登録出願の代理を請けるとすれば、出願時に口を酸っぱくして
・ロゴも含めての権利であって文字だけに対しては権利行使できない
・「いつでもどこでも簡単トイレ」という言葉は指定商品との関係で質を示しているにすぎないので、自己使用を安全にするだけで、他者に対する効果は薄い
といった注意を行います。
この被告がこんなバカな権利行使をしてしまった理由の一端は出願時の代理人の仕事の雑さにもあると強く思います。
出願代理人を見てみると、、、あぁ(察し)
争点
で、冒頭にもある通り、この裁判はこの商標権行使が認められたか否かというものではありません。
被告の申告を受けてAmazonは一度は販売停止措置を行なったものの、その後早いものは当日のうちに、遅いものでも1ヶ月かからないうちに販売停止は解除されています。
Amazonによる販売停止の解除については私も相談を受けたことがありますが、基準やルールがわからないのでハマるとなかなか抜け出せないというイメージです。
対して、この件では(そもそも被告の主張が出鱈目すぎるというのもあり)早いと当日のうちに販売停止が解除され、一月経たないうちに全ての販売停止が解除されています。
その理由の一端は、やはり「Qbitいつでも簡単トイレ」という商標権を自身で確保していたということでしょう。
しかしながら、販売停止の期間があったことは間違いなく、その間については原告は立てられるはずの売り上げを立てられなかったわけです。
で、こんな感じの無理筋の知財権行使については、野良犬に噛まれたようなものだとして泣き寝入りとなることが大半なのですが、今回はAmazonという他者が介在したことで違った展開を見せました。
これ、Amazonを実店舗に置き換えるとわかりやすくなります。
つまり、原告が小売店、それも小さな個別の店舗ではなく、全国展開するコンビニチェーンや、百貨店、スーパーマーケット等に対してこの「Qbitいつでも簡単トイレ」を卸していたとします。
それに対して、被告が「いつでもどこでも簡単トイレ(ロゴ)」の商標権を理由に、コンビニチェーン等に対して「その商品はうちの商標権を侵害しているから棚から撤去しろ」と言って棚から撤去されたという状況に等しいわけです。
そして、「うちの商標権を侵害している」という指摘が事実とは異なる内容だったというわけです。
そうすると、
不正競争防止法
(定義)
第二条 この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。
二十一 競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為
この条文に該当する可能性が出てくるというわけですね。
そして、
(損害賠償)
第四条 故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密又は限定提供データを使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。
この条文により損害賠償の請求ができるということになります。
というわけで主となる争点は上記条文の要件である、
・被告の行為が「事実の告知」であるか否か
・被告の告知した内容が「虚偽」であるか否か
・被告に故意又は過失があったか
ということになります。
裁判所の判断
・被告の行為が「事実の告知」であるか否か
被告によるAmazonへの申告は全部で3つありまして、それぞれについて「事実の告知」に該当するか否かが判断されているのですが、いずれも該当すると判断されました。
それぞれの判断について被告の申告の内容と共に見ていきますが、この「事実の告知」の判断において主に争われるのは、単なる感想や論評といった主観的な意見の表明に過ぎないのか、それとも事実として告知するものなのか、ということです。
そもそも、Amazonの窓口に対して販売停止を求めるような申告を行い、結果として一時的にでも販売停止措置が取られているわけですから、「ただの感想です」という反論の余地は無いと思います。
(1)申告1について
「いつでもどこでも簡単トイレ」は私の商標です。商品パッケージの文字が酷似しています。お客様が違いして購入してしまいます。amazon様の見解をお聞かせください。
という内容の申告でした。
直接的に「商標権侵害だ」とは言っていないものの、商標権侵害であることを示唆する内容が含まれていると判断されています。
また、Amazonのフォームに申告の種類を選択する部分があり、そこで「権利侵害の申告」が選択されていたことも加味され、
このような本件申告1の内容、アマゾンの申告フォームを利用した権利侵害申告の性質等に照らせば、本件申告1は、単なる主観的な意見の表明にとどまらず、事実の告知に当たると認められる。
と判断されました。
(2)申告2について
私の商標である「いつでもどこでも簡単トイレ」を他で認めていません。
専用権を主張します。
アマゾンブランドとしても認められています。
該当商品(ASIN:B089K1PCRN)を購入し現物の確認をしました(注文番号(略))。
この商品のブランドは「Qbit」です。
パッケージに「いつでも簡単トイレ」と大きく記載があり、弊社の営業上の信用が害される恐れがあります。
他人による類似範囲の使用の排除を求めます。
アマゾン様のご意見をお聞かせください。
適切なご対応をお願い致します。
という内容の申告で、これも申告1と同様に判断されました。
(3)申告3について
「いつでもどこでも簡単トイレ」は特許庁に認められている私の商標です(登録番号第6533721号)。
アマゾンブランドとしても認められています。
権利侵害と思われる商品を購入しました(注文番号(略))該当商品のパッケージに「いつでも簡単トイレ」と表記があり私の商標と類似しています。
以上のことから商標権の専用権と禁止権を求め、該当商品(ASIN:B0B8C4KHH1)の権利侵害の申告を行います。
ここでは明確に「権利侵害と思われる」と言っているので問答無用的に事実の告知であると認められました。
・被告の告知した内容が「虚偽」であるか否か
さて、ここが一番大事なところです。
知的財産権の行使に際し、少なくとも権利を行使する側は「侵害だ!」と思っているわけで、その時点では「虚偽」のつもりなんて毛頭無いわけですよね。
(時には、負けること前提の嫌がらせ、攻撃目的の裁判というのも存在するのでしょうけど、、、)
他方、(今回の件は別にして)知的財産権の行使については、侵害の成否が地最、高裁、最高裁で次々とひっくり返るような、判断が非常に難しい案件が少なくありません。
なので、権利行使不成立ならば即座に「虚偽」というのも極端にすぎる。
そんなバランスの中で、今回の権利行使が「虚偽」であるか否かという判断が行われるわけですが、この「虚偽」であるか否かの判断においては、単純に商標権侵害であるか否かのみが判断対象とされました。
本件各申告の内容は、原告各標章を付した原告各商品の販売が被告商標権を侵害するというものであるから、以下、当該内容が客観的事実に反するか、すなわち、原告各標章の使用が被告商標権を侵害しないといえるかにつき検討する。
そして、権利行使不成立ならば即座に「虚偽」というのも極端にすぎる、という事情については、次項の「被告に故意又は過失があったか」において加味されました。
なので本項の虚偽であるか否かについてはシンプルに商標権侵害の成否が判断されたわけですが、ここは言わずもがな非侵害です。
「Qbit」を含む使用に関しては、
これらの標章のうち、 「いつでも」、「簡単」の文字部分は、順に、商品の使用の時期、使用の方法又は効能を表示するものにすぎず、 「トイレ」部分は普通名称であるから、これらが「いつでも簡単トイレ」と一体として表示されていることを踏まえても、これらの文字部分が商品の出所識別機能を有しているとはいえず、 「Qbit」又は「Qbit」と上記丸い絵柄部分が強い出所識別機能を有しているといえる。
として、「いつでも簡単トイレ」の部分が商標として使用されているとは認めず、
「Qbit」を含まない使用に関しては、
「いつでも」、「簡単」、「トイレ」の文字から構成されているが、上記のとおり、これらの文字部分は、商品の使用の方法や効能を表示するものや普通名称であり、出所識別機能を有しているとはいえないから、商標法26条1項2号の商標に該当すると認められる。
として、商標権の効力は及ばないとされました。
そらそうや。
結論として、被告の申告は「虚偽」であったと認定されました。
・被告に故意又は過失があったか
さて、メインイベントです。
上述した知的財産権行使における特殊事情、侵害の成否が裁判所で判断されるまで不明な場合に、結論として非侵害だったら直ちにその責任は取るべきなのか?という命題についての判断に等しいでしょう。
結論としては「過失あり」と判断されています。
判断の根拠としては
・ECサイト、プラットフォーマーへの権利侵害の申告に際しては虚偽とならないように調査を尽くすべき注意義務がある
・Amazonのフォームには「申告が承認された場合には出品停止措置がとられること」「知的財産に関しては専門家に相談すること」が明示されており、注意義務があることは容易に理解できる
・被告が注意義務を尽くしたことを認めるに足りる証拠はない
といったところです。
「専門家の判断」というのにはぶっちゃけて引っかかります。
こういった争いが増えれば、金もらって依頼者に有利な鑑定結果を出す「専門家」というのが確実に湧いてくるからですね。
この件についても、
「Qbitいつでも簡単トイレ」という簡易トイレを販売する行為は、「いつでもどこでも簡単トイレ(ロゴ)」の商標権を侵害する
なんて事を平気で書く輩が湧くのが目に浮かびます。
で、裁判で負けてもなんの責任も取らないんでしょうね。
ともかく、本件の被告は事前にちゃんとした調査検討を行う事なく、少なくともそれをしたことを客観的に証明できるような記録を残す事なく、見切り発車でAmazonに権利侵害の申告を行なってしまったので、その部分に過失があると認定されたということです。
なお、この故意過失の認定に加えて「違法性阻却事由があるか否か」という争点も挙げられて判断されていますが、被告側の主張立証が不十分という形でバサッと切られています。
上述の通り、「知的財産の侵害が成立するか否かについては訴訟で判断される前に確定した結論を得ることが難しいため仕方なく、本件の違法性は阻却される」という趣旨の主張かとは思いますが、それを本気で主張立証するとなれば、本件の事例に近い過去の判例を複数集めて成立/非成立が拮抗している、というようなめちゃくちゃ面倒なことを行う必要があるんだろうと思います。
単に「知財の案件で判断が微妙なこともあるから仕方ない」とか言うだけでは意味はないでしょう。
・損害賠償について
というわけで、被告の行為は不正競争防止法第2条第2項第21号に該当する不正競争行為だと認定され、「これによって生じた損害を賠償する」必要があるわけです。
「Amazonで売れない期間があった」という事象について損害額をどのように勘定するのか、深く考えるとそう簡単なことではないと思うのですが、本件では単に出品停止期間中に販売できたであろう個数や原価、経費等に基づいて逸失利益が計算され、それが損害額として認められています。
結論として700万円以上の損害賠償が認められているのは特筆に値するでしょう。
少なくとも、「安易な権利行使はやめておこう」と思わせるのには十分な額なんじゃないでしょうか。
ただ、これは本気で争うのであればもっと難しい判断になるとは思います。
Amazonで販売できなかった期間が一時的であった場合、販売が再開された際に需要が膨らんでいて余計に売れた、なんてことがあればそれも加味されて損害額は少なくなるでしょうから、この損害論については高裁、最高裁と進んで代理人が適切な主張を行えばまた違った展開を見せるのだろうと思います。
まとめ
というわけで、
無理筋な商標権行使を安易に行って700万円以上の賠償金を支払うことになった
という事例でした。
本件はAmazonというECサイト、プラットフォーマーが介在することによって「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」の不正競争が成立し、現実として一時的にでも販売停止措置が行われたことにより損害額が算定され、その賠償が認められた結果になりました。
ですので、無理筋な権利行使そのものが即座に損害賠償請求の対象になるものではありません。
願わくば、この判決を起点として、無理筋な権利行使そのものが違法行為であり、損害賠償請求の対象となるような流れが生まれればいいと思います。
知的財産の事案ではないですが、昨今ではSLAPP訴訟が認定されて提訴した側に逆に賠償が命じられるなんて事例もあるようです。損害額はまだまだというところですが。
知的財産の業界においても、特許権侵害や商標権侵害が成立しないことを織り込み済みでそれでも相手にダメージを与えるための訴訟提起というのは存在するのだろうと思います。
ただ、提訴した側が真に無知、真に〇〇○○だと、「織り込み済み」なんてことはなく、本気で権利侵害だと思い込んで提訴しているのでしょうし、人の頭の中を覗けない以上、「織り込み済み」なのかどうかは最終的にはわかりません。
地裁、高裁、最高裁で結論がくるくるとひっくり返るような微妙な事案について、提訴して負けたら即座に違法な提訴だとするのはどうなのかなと思う反面、どんなに微妙な事案であれ訴えた以上は結果に責任を持つのは当然だとも思います。
そして、100人が見たら99人が「これは非侵害だろう」と思うような事案について強硬に提訴を行うのは明らかに提訴した側に非があるはず。
撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ!
が徹底されるといいですね。
そして、出願の代理を行う弁理士が依頼者の行為に対して少しでも責任を感じるべきだと強く思います。