「弁理士の仕事を奪うAI」の設計思想

※アイキャッチ画像は、GATAG|フリーイラスト素材集よりお借りしました。

「AIで弁理士が失業」に異議 「そんなに単純な仕事じゃない」 日本弁理士会の梶副会長

というわけで、「AIは本当に弁理士の仕事を奪えるのか?」という事を、”弁理士の仕事内容”と”設計可能なAI”とを整理することによって考えてみたいと思います。

まず、「こういう仕事しか出来ない弁理士は仕事を奪われる」という簡単な方から。

大手企業の特許出願は、企業によって千差万別有りつつも大体は以下の流れで処理されます。

1.企業内でエンジニアが発明を知財部に届け出る
2.知財部が発明の特許性を判断
3.知財部とエンジニアとのラリーによって発明の要旨や展開案等の詳細がまとめられる
4.まとめられた書類に基づいて弁理士に依頼

といった感じで、ここまでお膳立てがされた上で弁理士の出番となるわけです。
依頼を受けた弁理士としては、企業から受け取った書類の内容に沿いつつも、自身の経験や勘に従って更に内容を充実させて特許出願の明細書を完成させるのが仕事、

のはずなんですが、

当然にいるんですね、企業から受け取った書類の内容を丸写ししたような明細書を作成して仕事をした気になってる輩が。

このレベルの仕事は即刻AIに取って代わられるでしょう。

その設計は至極簡単、

【学習用データ】:企業側がまとめた依頼時の発明の書類
【正解データ】:その書類に基づいて作成された出願明細書

この情報で学習を行えば、至極簡単に「企業側がまとめた依頼時の発明の書類」を入力として、「その書類に基づいて作成された出願明細書」を得るための学習済みモデルは得られるでしょう。

特に、企業の担当者によっては弁理士が色々と口出しして出願内容に修正を加えようとするとキレてくる場合もあるので、(それならなんで特許事務所に依頼してるのか不明ですが)そんな企業には、この学習済みモデルによる出願書類の作成は非常に都合がいいのではないでしょうか。どうぞAIに御依頼下さい。

ともかく、企業から受け取った書類を丸写しするしか脳のない似非弁理士は震えて眠るしかないかと。

さて、前座はこれまで、本格的に弁理士の仕事を奪うAIの設計思想を検討していきます。

1.弁理士の仕事とは

弁理士の仕事を奪うAIを設計するのですから、まずは弁理士の仕事を定義しなければいけません。
特許庁に対する出願業務だけが弁理士の仕事ではありませんが(そもそもこの時点でAIに奪われることなんて無いんですが、、、)、とりあえず特許庁に対する出願業務を奪うという前提でいきます。
あ、一つ選択肢を切っておくと、特許庁に対する出願業務しかやってない弁理士はともかく、弁理士として知財の知識、経験を活かした業務を広く行っている弁理士は仕事を失わない、という事で。

で、(特許庁に対する出願業務における)弁理士の仕事はというと(特許に関する内容を主として)
【1】特許なら発明の内容、商標なら商標や商品・サービスの内容等、出願により権利取得を希望する対象の内容を理解する
・上に書いたような企業により内容がまとめられた書類がある事が前提ではなく、ヒアリングのみによって理解することが必要
・特許になるような技術なので、場合によっては最先端の技術知識が必要
・依頼者が発明のメリット等を誤解している可能性もあるので、依頼者以上に発明を理解し、時には依頼者の発明に対する理解を正すことも必要

【2】理解した内容に基づいて権利化のプランを検討する
・過去の審査、審判、判例等の知識、経験や、先行例調査の結果に基づき、権利化可能な権利範囲を検討することが必要
・無理筋、及第点、妥当、堅実、狭小といった段階をつけて権利範囲を設定し、特許請求の範囲をドラフトすることが必要
・技術の展開やサービスの展開に応じて細部の権利範囲を抑えることも必要

【3】検討したプランに従って出願明細書を作成
・過去の審査、審判、判例等の知識、経験に基づき、技術を実現するために必要な説明を記載することが必要
・企業ノウハウに関するために開示すべきでない内容と、技術の実現可能性との間で記載内容を選別することが必要
・文章、もしくはヒアリングしただけの内容に基づき、説明に必要な図面をゼロから作成することが必要

【4】特許庁からの拒絶理由通知等のアクションに対応する
・拒絶理由として先行文献が示された場合、出願した技術の内容と先行文献の内容との差異に基づいて権利化可能な範囲を探ることが必要
・場合により、審査官の指摘が間違っているとして真っ向勝負の口喧嘩が必要
・依頼者の事業の展開状況に応じて権利化が望まれる範囲を再検討し、その結果に従って対応することが必要

とまぁ、特許庁対応だけでもこんな感じ。
この時点でAIに明るい人ならかなり厳しいことがわかるかなと思います。
が、それで終わってもつまらないのでもう少し具体的に検討していきます。

2.弁理士の仕事を奪うAIに求められる仕様

上の【1】~【4】を満たす前提でAIに求められる仕様をピックアップしていくと

【1】特許なら発明の内容、商標なら商標や商品・サービスの内容等、出願により権利取得を希望する対象の内容を理解する
・依頼者との会話機能
・依頼者による口頭での説明を録音し、言語解析して、必要な質問を繰り出す機能
※この時点で実現はだいぶ先だってことがわかりますね。少なくとも自分が生きてる間は大丈夫かな・・・

【2】理解した内容に基づいて権利化のプランを検討する
・理解した技術内容に基づいて権利化すべき技術範囲を設定する機能
・言葉によって画定される権利範囲の認識モジュール
・過去のデータ(審査、審判、判例、先行文献)に基づき、技術範囲を段階的に設定する機能

【3】検討したプランに従って出願明細書を作成
・理解した技術内容と設定した権利範囲に基づき、必要な説明文を作成する機能
・図面による説明が必要か否かを判断し、必要なら図面を自動的に生成する機能
・ノウハウとして秘匿するべき内容と、説明のために必要な内容とを区別する機能

【4】特許庁からの拒絶理由通知等のアクションに対応する
・拒絶理由通知に記載されている審査官の判断意図を認識する機能
・提示された先行文献と出願内容との差異を認識する機能
・審査官の意図の妥当性を判断し、場合により審査官と口喧嘩する機能
・依頼者の事業状況に応じて権利化が求められる範囲を判断する機能

もう既に無理っぽい感じですが、諦めずに設計していきます。

3.仕様を実現するために必要なデータ、利用可能なデータ及び設計

上の【1】~【4】に対応する機能をディープラーニングで生成するために、「どんなデータを入力として」、「どんな学習を行うか」を検討してみます。
まず大前提として、超高機能な言語解析機能は必須ですね。
特許とは技術的な範囲を画定するための「言葉」です。
その有効性を主張したり、詳細を説明したりするのも「言葉」です。
そのため、文章を間違いなく認識する機能が絶対の前提条件です。
それがあるという前提で、、、

【1】特許なら発明の内容、商標なら商標や商品・サービスの内容等、出願により権利取得を希望する対象の内容を理解する
・依頼者との会話機能
・依頼者による口頭での説明を録音し、言語解析して、必要な質問を繰り出す機能

基本的な会話モジュールを用意し、その会話モジュールに上記の会話を行う機能を搭載するという前提でいきます。
利用可能なデータとして思い浮かぶのは、「特許の打ち合わせの録音データ」ですね。
私はこれまで経験した特許出願の打ち合わせについてほぼすべての録音データを保持しているので、これは割と有効なデータになる気がします。
しかし守秘義務があるのでそうやすやすと使えませんが。

で、どうやって解析するかです。
前提となる会話モジュールにもよりますが、少なくとも
「発明者による説明」
「弁理士による質問」
「質問に対する発明者の回答」
といった部分に分割する必要があると思います。

機能の目的が「必要な質問を繰り出すこと」であれば、
「発明者による説明」を学習データ、「弁理士による質問」を正解データとして、入力データから正解データを得るために必要な情報を学習するという感じでしょうか。
そのためにはありとあらゆる技術情報が必要になりますね。
そのありとあらゆる技術情報を、「発明者による説明」に基づいて検索し、その検索結果を「弁理士による質問」に結びつけるような機能が作れればいい、のかな?

ただ、この【1】こそが、AIに可能なのか否かの最大の焦点かと思います。
なぜなら、特許出願される技術というのは、少なくとも「まだ世の中に知られていない」技術です。
なので、世界中のありとあらゆる技術情報を検索したとしても、発明者の説明する技術の内容は出てこないというのが原則です。
その技術を構成する各要素は既存のものであったとしても、その要素を結びつけることは少なくとも知られていないはず。
そのような技術内容、つまりデータの存在しない技術を、果たしてAIが理解することができるのか。
弁理士がAIに仕事を奪われるか否かの焦点の1つがここにあるかと。

【2】理解した内容に基づいて権利化のプランを検討する
・理解した技術内容に基づいて権利化すべき技術範囲を設定する機能
・言葉によって画定される権利範囲の認識モジュール
・過去のデータ(審査、審判、判例、先行文献)に基づき、技術範囲を段階的に設定する機能

「権利化のプラン」と一口に言ってもかなり概念的なので、「情報」としてどういったものなのかをイメージすることが難しいですね。
特に権利化のプランは事業戦略とも密接に関連してくるので、技術内容に対して一意に定まるものでもないというのが難しいところ。
但し、「技術範囲」は、「技術を特定する要素」によって定まってくるので、「権利化すべき技術範囲を設定する機能」としては、技術要素(特許請求の範囲で言うところの構成要件)をピックアップする機能というのが正解でしょうか。
そうすると、最終的に特許出願された請求項を構成する構成要件が正解データになるのかな?

「画定される権利範囲の認識モジュール」は非常に困難かつ面倒ですね。
まず、権利範囲というものを何らかの基準値を持って数値化しなければいけません。願わくは技術分野に関わらず共通の物差しで、少なくとも技術分野ごとに共通の物差しとなるような形で。
場合により、その数値の次元は1次元ではなく多次元化するでしょう。
その上で、上記でピックアップされる「構成要件」毎に、その物差し上での「権利数値」みたいなものを設定して、計算していくことになるのかな。
恐らくですが、全くの白紙の状態が「権利範囲100%」であり、上記の構成要件が増えるごとに、その構成要件に設定された「権利数値」が差し引かれていって権利範囲が100%から減っていくような仕様、つまり減点法的な作り方が適しているんだと思います。
「グラス」なら10点マイナスのところ、「ワイングラス」なら20点マイナスみたいに。
(※「グラス」ならあらゆるグラスが含まれますが、「ワイングラス」はワイングラスでしかないので、権利範囲が狭まっているという意味です。)

こんな感じで「特許請求の範囲」と言うもののデータ化、数値化が出来れば、3つ目の「技術範囲を段階的に設定する機能」は割とすんなり行ける気がします。
つまり、
【学習データ】:【1】で理解した内容、それを解析して数値化した権利数値とピックアップした構成要件、提示された先行文献
【正解データ】:最終的に作成された特許請求の範囲
と言った感じで【学習データ】から【正解データ】を導く学習モデルができればいいのかと。

【3】検討したプランに従って出願明細書を作成
・理解した技術内容と設定した権利範囲に基づき、必要な説明文を作成する機能
・図面による説明が必要か否かを判断し、必要なら図面を自動的に生成する機能
・ノウハウとして秘匿するべき内容と、説明のために必要な内容とを区別する機能

これは、あくまでも「弁理士の仕事を補助するツール」としてですが、近いものが既に世の中にあるようです。
私は使ったこと無いんですが、この【3】の機能の下地として使えるのかもしれませんね。

特許書くときに重視しているポイントの1つとしては図面なので、「必要なら図面を自動的に生成する機能」について特に検討してみます。

が、これはフローチャートやシーケンス図、ブロック図に関して言えば割と簡単かもしれません。

つまり、
【学習データ】:【1】で理解した内容や、【2】で生成された特許請求の範囲、上記のツールで自動生成された明細書
【正解データ】:その特許出願に含まれる図面
と言った感じで【学習データ】から【正解データ】を導く学習モデルができればOKかと。
フローチャート、シーケンス図、ブロック図等、比較的言葉が主体となる図面に関しては、文章に基づいて自動生成するのが比較的容易な気がします。

かたや、そうではない真に視覚的な図面、構造を特定するための図面は、文章から生成するのが非常に難しいでしょう。
そういった図面を生成するための学習モデルは、
【学習データ】:【1】で理解した内容や、【2】で生成された特許請求の範囲、上記のツールで自動生成された明細書本文(視覚的な図面、構造を特定するための図面を含むもの)
【正解データ】:その特許出願に含まれる図面
と言うかたちで学習するのだと思いますが、果たしてうまくいくんだろうか。
少なくとも、既存の構造物とその説明文とからなる膨大なライブラリが必要なんでしょう。

秘匿すべきノウハウに関しては基本的にはNGリストで、あとは技術の説明のために開示せざるを得ないか否かの判断をする学習モデルを構築するとなると、
【学習データ】:【1】で理解した内容のうち、NGリストに含まれる言葉を含む案件
【正解データ】:その特許出願の出願書類(NGリストの言葉を使った場合、使わなかった場合両方の案件を学習する)
こんな感じかと。

【4】特許庁からの拒絶理由通知等のアクションに対応する
・拒絶理由通知に記載されている審査官の判断意図を認識する機能
・提示された先行文献と出願内容との差異を認識する機能
・審査官の意図の妥当性を判断し、場合により審査官と口喧嘩する機能
・依頼者の事業状況に応じて権利化が求められる範囲を判断する機能

これは、「会話」を除外すれば割と単純にモデルが思い浮かびます。

つまり、
【学習データ】:出願書類、拒絶理由通知書、特許査定or拒絶査定、特許査定の場合には最終的に特許された特許公報
【正解データ】:意見書、補正書
これに、上記の権利値を加味して学習するモデルを作ればいいのかな?

審査官との口喧嘩機能は、この学習の結果生成される意見書や補正書を元に口喧嘩ができればそれでいいのでしょうが、それこそ弁理士としての機能というよりは高精度な会話モジュールという感じでしょうか。

という感じで、好き勝手に検討してみましたが、結論として言えることは

当面は無理

という事かと。
というか、このレベルのAIが実現する頃にはAIに働かせて人間が働かなくてもいい時代になってるんじゃないんですかね。

また、以上からも分かる通り、設計や実現にはかなりの労力が必要ですが、その成果は不透明。
となると、こんなことを一生懸命やる人が本当にいるのかも疑問です。

それに、これに近いものが作られた場合、それを操作するのは弁理士資格を持っているかはさておき、やはり知財や特許実務に関しての知識や経験をもった人間である必要があるかと。
そうすると、弁理士としては仕事が楽になるということだと思うのでむしろ期待したいとすら思うわけです。

まぁ、最終的な理想はロボットが働いて人間は働かなくていい時代ですが、そうすると火の鳥のように人類は滅びるんでしょうね。

「弁理士の仕事を奪うAI」の設計思想” への2件のフィードバック

  1. お疲れ様です。
    わかりずらい世の中になりましたね。

    多くの弁理士が特許事務所に勤めて、大企業の案件の書類作成に多くの工数を割いていますよね。完全に代替されないとしても、AIを利用して効率化されると、価格競争が激化するのではないでしょうか?実際、商標の手数料は価格破壊を起こしていると思います(原因は違いますが。)。もちろん、弁理士費用が低減されて出願需要が増す可能性もあります。ただ業界の構造改革が進むおそれがあると思います。特許事務所に所属する底辺の弁理士は、仕事がなくなるか否かの議論の前に、業界の再編の中で弁理士が供給過剰になって苦しむのを心配していると思います。

    1. コメント有難うございます。
      あえての月並みなオハナシですが、時代が変わるのに士業の仕事に変化がない方が不健全だと思うので、どう変化していったとしてもその変化に対応する以外にはないんでしょうね。
      最低限言えるのは、AIはおろかソフトウエアの事すら大して知らないのに「何か言わなきゃ」って感じでコメント出しても説得力なんて皆無だなという事かと。

      弁理士の供給過剰っていうのは自分はかなり眉唾な話だと思ってまして、特許事務所をはじめとした弁理士の世界で生きていれば、石を投げれば弁理士に当たるのは当然で、その状態が日常だと「弁理士だらけだ、、、」と感じるかもしれません。
      ですが、私が足を運ぶ色んなところで「初めて弁理士に会った」と言われるので、単に弁理士が既存の範囲の中で閉じこもって牌を食い合ってるだけだと思います。
      弁理士と仕事をした事が無い人に弁理士の重要性や有用性を理解して頂くのはとても難しいですが、それができるなら少なくとも弁理士の供給過剰に悩む事はないんだと思います。

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