「特許の権利範囲は広く」という都市伝説

3月に浜松でソフトウエア関連の特許等の知財実務について喋らせて頂くので、そこで話す内容の整理も兼ねて。

かれこれ15年特許の世界にいると、一般の人にはあまり馴染みのない言葉なのか、それとも誰だって一度くらい聞いたことはあるのか分らなくもなってくるのですが、

「特許の権利範囲はとにかく広く」

という風潮があります。

例えばこの世の中で初めて「コップ」と呼べるものを発明した人がその特許を取るとしましょう。

そうすると、「コップ」的なもの、つまり液体を入れて飲むためのものはすべて自分の権利にしたいですよね。
例えば、ジョッキ、ワイングラス、マグカップ、水筒、おちょこ、等々
こういったものは全部権利として押さえたい。

更には、飲むための容器じゃなくても、桶とかたらいとか液体を入れるためのものだったら権利範囲にしたいと考えるかもしれません。

そういった容器がその時点で世の中には存在せず、それを簡単に思いつく人も少ないという事であれば、権利として押さえる事は出来ます(現在の「特許法」のような法律がある世の中であることが前提ですが。)

その場合であっても、「特許」とは権利範囲を決めるための「言葉」「文章」ですので、権利範囲を文字で表現しなければいけません。特許の出願書類においては「特許請求の範囲」と呼ばれる書類にそれを書きます。

「コップ」の場合であれば、上記のジョッキ、ワイングラス、マグカップ、水筒、おちょこ、等々といった物を全部含むような言葉で対象を表現しなければいけません。
そうすると、どうしてもその「機能」を表現した「抽象的」な言葉になりがちです。
さしずめ、「飲料容器」とかでしょうか。
(※まぁ、コップが初めて発明されるような原始的な世の中ですから、そういった言葉さえ存在しないのでしょうけど、、、)

飲むためのものに限らないのであればそれも考慮して言葉を選び、文章を作る必要があります。
そうすると、「液体容器」とかになりますかね。

その上で、

特許の出願書類の中で「明細書」と呼ばれる書類に、ジョッキ、ワイングラス、マグカップ、水筒、おちょこ、等々といった「実施の形態」を記載して出願するわけです。

簡単に言えば弁理士の特許の仕事はそういった仕事でして、特許として権利を押さえる対象を理解し、その”趣旨に合致する対象を漏れなく含むように”、権利範囲がなるべく広くなるように文章にするのが仕事です。

なんですが、

これは間違った方向にいくと、単なる言葉遊びで権利を独占するような、ある種ゲームのような状態になってしまいます。
上記の例でいえば、「特許請求の範囲」に「飲料容器」とは書くけど、「コップ」しか頭になく、「明細書」には「コップ」としか書かないという感じです。
そして、出願から数年後、十数年後、「ワイングラス」を見つけた際に、「コップ」しか考えずに出願した特許を持ち出して、「権利侵害だ!金払え!」という事をやっているということです。

これは割と単純な例なので、「別にいいじゃん」という意見もあるでしょう。しかし、ソフトウエアの場合にはもっと微妙な状況が多々生まれます。そんな微妙な状況での権利行使が横行してしまう。そんな危うい方向に流れがちな状況は、少なくとも司法の場ではしっかり正されるというオハナシですが、先に結論を言っておくと、

「発明」してないもの、「検討」してないものを特許として押さえようとスンナkz

というオハナシ

・米国101条対応

ブログでも一度触れた、米国特許法101条の対応、俗にアリス判決対応なんて言われたりします。
ざっくり言うと、ソフトウエア的に書かれた特許であっても、実質的に「抽象的な概念」でしかない特許は特許として認めません、という判決です。
判決当初は

「ソフトウエアは特許にならないの!?」
「特許に無効の嵐が吹き荒れる!」

なんて混乱も起こったのですが、自分自身は

「そらそーやろ」

と思っていたんですね。

というのも、それ以前から世の中に数ある「ソフトウエア関連特許」に対して、あまり良いイメージを持っておらず、

「そんなん言うたモン勝ちやないか」

と思っていたのです。
特許とは技術ですから、出願に際しては「技術」を書かなければいけない。
にもかかわらず、「権利範囲はなるべく広く」という風潮から「特許請求の範囲」の言葉は抽象的にならざるを得ない。
「ソフトウエアの機能」を特定するわけですから、その言葉はやはり抽象的になります。
その上で「明細書」には具体的な、技術的な説明がしっかりと書いてあればいいのですが、ろくに「発明」なんてしておらず、「こんな事イイナ♪出来たらイイナ♪」程度にしか考えていない。
そんな状態で出願をするものだから「明細書」にも大した説明はなく、「特許請求の範囲」に書いてある抽象的な内容に毛が生えた程度の記載しかない。

こんなものは技術、特許と呼べませんよね。

ソフトウエアやネットワークシステムの開発工程は千差万別かと思いますが一般的な

【要件定義】→【外部設計】→【内部設計】→【開発・コーディング】→【テスト】

といった工程の中で【要件定義】の部分のみ、下手すればそれすら中途半端な状態で特許出願を急ぐ結果、こんな事が起こります。

特許は早い者勝ちでもありますから、出願を急ぐのは仕方がありません。だとしても、出願書類を作成する段階で、エンジニアと弁理士とが出願のために打ち合わせをする段階で、少しでも有意義な出願にするために十分に議論が尽くされればいいのです。
が、詳しく聞こうとすると逆ギレされて「あの弁理士は言う事を聞かない」とか「弁理士のくせに技術を広く権利化する意識が無いアンチパテントだ」とか言われるので非常に残念です。

はぁつっかえ

そんな中途半端な特許による権利行使が横行するもんだから、ええかげんにせい!ということで、アリス判決で「抽象的概念は特許なんかじゃねぇよ!」と言われたわけです。

自分としては非常に良い流れがきたと思っていました。

そして、その後米国101条関係の判例が蓄積されていく中で、やはりソフトウエアを「技術的に」記述する事が必須であるという考えが裏付けられていくことになります。
基本的な方針としては、
・そのソフトウエアがどのような「技術的な課題」をどのように「技術的に解決」したかが、明細書において詳細に記述されているか
・それらの記述を無理に拡充したような特許請求の範囲の記述になっていないか
といった事だと思います。
ただ、判事によって意見が割れているのが悩みどころでもあるので、まだまだ101条クリアのボーダーラインが明確化されたわけではありません。

しかし、そのボーダーラインが明確ではない状態の方が健全だと自分は思います。
ソフトウエアはそもそも「技術」と「概念」とが混ざり合ったもの、というか「概念」を実現するためのものですから、その機能を抽象的に記述しても、それは「概念」でしかない事も起こり得るでしょう、というかその方が多い気がします。
その「概念」をどのように「実現」したか、それこそが「技術」であり、その「技術」を見極めて言葉にする、その上でなるべく広い権利が押さえられるようにエンジニアとディスカッションをして技術的な要素をピックアップしていく。
そこまでやった上で、慎重に言葉を選んで広い権利を押さえることこそが弁理士の仕事、だと自分は思っているのですが、事前の検討等をすっ飛ばして「単に言葉だけ広げとけばええねん」という実務が横行しているようで残念です。

・最近の国内判例

ここ2年ばかりは判例検討と言えば米国101条の判例検討で国内特許判例はあまり読んでいなかったのですが、上記の通り米国101条が一応の落ち着きを見せてきたという事で、国内判例の検討も再開して2件ほど有志の勉強会で報告しました。

マネースクウェアHDv外為オンライン

カプコンvコーエー

詳細な論考は勉強会名義で然るべきところに寄稿する予定ですが、結論的には、
マネースクウェアHDv外為オンラインは、権利範囲外という事で非侵害。
カプコンvコーエーは、権利範囲内という事で侵害(二件の特許のうち一件のみ)。

結論云々は二の次で、重要なのはその判旨。
いずれの判決においても、「明細書」の内容に基づき、侵害だと主張する対象の製品やサービスの技術内容が、出願当初から権利範囲として意図されていたものか否かという判断がされています。

つまり、「特許請求の範囲」の言葉だけ広げて見かけ上「引っかかった」ように見えても、ソフトウエアの機能を表現した文章はどうしても抽象的にならざるを得ませんから、それが権利範囲内か否かの判断は微妙です。
その際には「明細書」の記載が参照され、出願時点において出願人はどのように考えていたのかが判断され、「侵害だ!」と言っている対象の製品やサービスの技術内容が出願当初から権利範囲として意図されていたものでなければ「権利範囲外」という判断がされるという事です。

そういった判断にも耐えらえるよう、特許出願に際してはエンジニアと十分にディスカッションを行い、実装する場合にはどのように実装するのか、より効率的な処理・運用のためにどんな工夫をするのか、等々、色んな事をピックアップして「明細書」に記載しておく事こそが、「有意義な出願」のために必要な事です。
やろうとすると嫌がる人がいるけど。

ただ、こういった形で裁判になればまだ救いがあります。
司法の場で判断がされるわけですから。
それよりも救いが無いのが、裁判にならず企業間の交渉のみで決着がついている場合。

大企業同士が主張をぶつけ合ってやるのであればまだいいのですが、知財面の知識もノウハウも無い中小企業が大企業から警告を受け、大した知見を持たない弁護士や弁理士、特に上記のような「明細書」の記載から真に権利範囲か否かを判断するような知見を持たない弁護士や弁理士を代理人として対応する場合には悲惨です。
司法の場で判断されれば「非侵害」「権利範囲外」という判断がされるかもしれないのに、その判断に辿り着くことができず、大企業の言いなりになっているかもしれないのですから。

そして、そういった事例は確実に存在するのです。

・見習い時代に悔しかったこと

かれこれ15年くらい前、まだこの業界に入って一年も経っていなかった頃かと思いますが、私はとある特許の明細書を書いておりました。
まだ見習いも見習いですから、クライアントに提出する前には厳しい師匠のチェックを経ることになります。
しっかりと修正されますんで最早私が書いた明細書とは言えないわけですが、
その明細書では、エンジニアとのディスカッションが盛り上がって、色々と聞き出せた具体的な実装の形態とか、その場合に得られるメリットとかを結構盛り込めた部分がありまして、その部分は特に修正される事もなく師匠からもよく書けてると褒められて意気揚々でした。

なのに!

クライアントの知財担当者:「権利範囲を限定したくないのでこの部分は全カットで」

はぁ?

上でも説明した通り、特許の出願書類というのは、大きく「特許請求の範囲」と「明細書」、そしてそれに付属する「図面」に分けられます。
「特許請求の範囲」は、特許権としての権利範囲を定める文章。
「明細書」「図面」は、具体的な実施の形態を記載して、権利範囲の決定に際しては「特許請求の範囲」の補足説明として、特に特許請求の範囲で用いられている言葉を解釈するために参照される文章。
明細書に記載された内容によって特許請求の範囲が限定解釈されるなんて事は原則的にないということは当時の自分でも理解していました。

しかしそこは未だ弁理士ですらない見習い、そしてクライアントから直接信頼されているわけでもない若造、相手の指摘を覆すような言葉も持たず、エンジニアとのディスカッションにより筆が走って生み出された文章は永久にこの世の中から抹殺されてしまったのでした。

あの出願、そしてあの特許が今の時代に対応できない特許になってしまったのかもしれないと思うととても悲しいです。
士業者として最も大事なのはこういった事をノータリンに説明して理解させる力だとも思うのですが、単にマウンティングしたいだけ、自分の意見を通したいだけで結果など二の次のモンスターには何を言っても通じないのでやはり仕事を請ける相手は選ばなければなぁと思うのでした。

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