写真のイラスト化事件

 絵描き系の事件で興味深いものがありました。

 写真素材を有料で販売する原告が、その写真を元に書き起こしたイラストを自費出版物(同人誌)の一部に掲載した被告を複製・翻案権の侵害で訴えましたが、侵害ではないとして退けられました。

原告の写真素材(裁判所リンク)

被告の同人誌のうち本件イラストが掲載されたページ(裁判所リンク)

 わかりますかね?
ページの下の方、キャラクターが持っている書物の裏表紙に描かれています。

 確かに、見比べれば「この写真に基づいて描き起こされてるな」とわかります。

事件の経緯

・原告が写真素材集の販売を開始
 写真素材集は定価4万1040円(税込み)で素材集CDとして販売。
 素材集CDには合計75点の写真素材が収録されており,その一つに「コー ヒーを飲む男性」という題名の別紙1の写真素材(以下「本件写真素材」という。)が収録されている。

・被告が同人誌を販売
 被告は,平成27年10月頃,同人誌イベントに出品する小説同人誌の裏表紙を作成した際,インターネットで「コーヒーを飲む男性」の画像を検索して出てきた本件写真素材のサンプル画像を参照してイラスト(以下「本件イラスト」という。)を描き,別紙2のとおり,当該小説同人誌の裏表紙に掲載し,同月18日,同人誌イベントに当該小説同人誌を出品して,50冊を販売した。

・被告は、参考にした写真が販売されているものである事を 第三者からの指摘を受けて知り、原告に謝罪して使用料の支払いを申し出た。

・原告は、被告からの申し出につけこみ、4万1040円で販売している75店の素材集のうちの1点の使用、しかもそのまま使用したのではなく描き起こしてイラスト化した使用であるにも関わらず、54万円の支払いを求めた。

・その後、どういう経緯か、本件写真素材の販売価 格とアートリファレンス料(構図や表現方法を参照して新たな作品を制作する際に著作者から許可を取得する代行手数料)の合計5万9400円の5倍である29万7000円の支払を求めた

・被告がこれに応じず、原告が提訴

・被告もあまりにも法外な額の提訴に対して反訴

判断された争点

1.著作物か否か
2.著作権を侵害したか
3.そもそも原告は著作権者なのか
4.原告の提訴は違法か

というわけで、各争点について順番に見ていきます。

1.原告の写真素材は著作物か?

 これは判断結果そのものは特筆して注目すべき点ではないと思います。当然著作物として認定されました。

 大事なのは、その認定の根拠。
 原告の写真が何をもって著作物、即ち「創作的」であると判断されたか、です。
 それによって、複製権・翻案権の侵害となる要因も変わってきます。判決文では、

本件写真素材は,別紙1のとおりであるところ,右手にコーヒーカップを持ち,やや左にうつむきながらコーヒーカップを口元付近に保持している男性を被写体とし,被写体に左前面上方から光を当てつつ焦点を合わせ,背景の一部に柱や植物を取り入れながら全体として白っぽくぼかすことで,赤色基調のシャツを着た被写体人物が自然と強調されたカラー写真であり,被写体の配置や構図,被写体と光線の関係,色彩の配合,被写体と背景のコントラスト等の総合的な表現において撮影者の個性が表れているものといえる。したがって,本件写真素材は上記の総合的表現を全体としてみれば創作性が認められ,著作物に当たる。

と判事されました。

 つまり、こういった創作的であるとされた要因が踏襲されていなければ、複製権・翻案権の侵害は否定されるという事です。
 なんとなく、もう答えは出てしまっていますね。

2.著作権を侵害したか

 という事で、上記の「創作性」の認定を踏まえての結論は、「侵害していない」です。
 判決文を見てみますと、

本件イラストは本件写真素材に依拠して作成されているものの,本件イラストと本件写真素材を比較対照すると,両者が共通するのは,右手にコーヒーカップを持って口元付近に保持している被写体の男性の,右手及びコーヒーカップを含む頭部から胸部までの輪郭の部分のみであり他方,本件イラストと本件写真素材の相違点としては,①本件イラストはわずか2.6センチメートル四方のスペースに描かれているにすぎないこともあって,本件写真素材における被写体と光線の関係(被写体に左前面上方から光を当てつつ焦点を合わせるなど)は表現されておらず,かえって,本件写真素材にはない薄い白い線(雑誌を開いた際の歪みによって表紙に生じる反射光を表現したもの)が人物の顔面中央部を縦断して加入されている,②本件イラストは白黒のイラストであることから,本件写真素材における色彩の配合は表現されていない,③本件イラストはその背景が無地の白ないし灰色となっており,本件写真素材における被写体と背景のコントラスト(背景の一部に柱や植物を取り入れながら全体として白っぽくぼかすことで,赤色基調のシャツを着た被写体人物が自然と強調されているなど)は表現されていない,④本件イラストは上記のとおり小さなスペースに描かれていることから,頭髪も全体が黒く塗られ,本件写真素材における被写体の頭髪の流れやそこへの光の当たり具合は再現されておらず,また,本件イラストには上記の薄い白い線が人物の顔面中央部を縦断して加入されていることから,鼻が完全に隠れ,口もほとんどが隠れており,本件写真素材における被写体の鼻や口は再現されておらず,さらに,本件イラストでは本件写真素材における被写体のシャツの柄も異なっていること等が認められる。これらの事実を踏まえると,本件イラストは,本件写真素材の総合的表現全体における表現上の本質的特徴(被写体と光線の関係,色彩の配合,被写体と背景のコントラスト等)を備えているとはいえず,本件イラストは,本件写真素材の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえない。

判断内容を個別に見てみます。

<依拠、類似性を肯定する要因>

・本件イラストは本件写真素材に依拠して作成されている
・本件イラストと本件写真素材とが共通するのは,右手にコーヒーカップを持って口元付近に保持している被写体の男性の,右手及びコーヒーカップを含む頭部から胸部までの輪郭の部分

<依拠・類似性を否定する要因>

・本件イラストはわずか2.6センチメートル四方のスペースに描かれているにすぎない。
・本件写真素材における被写体と光線の関係は表現されていない。
・本件写真素材にはない薄い白い線(雑誌を開いた際の歪みによって表紙に生じる反射光を表現したもの)が人物の顔面中央部を縦断して加入されている。
・本件イラストは白黒のイラストであることから,本件写真素材における色彩の配合は表現されていない。
・本件イラストはその背景が無地の白ないし灰色となっており,本件写真素材における被写体と背景のコントラストは表現されていない。
・本件イラストは小さなスペースに描かれていることから,頭髪も全体が黒く塗られ,本件写真素材における被写体の頭髪の流れやそこへの光の当たり具合は再現されていない。
・本件イラストには上記の薄い白い線が人物の顔面中央部を縦断して加入されていることから,鼻が完全に隠れ,口もほとんどが隠れており,本件写真素材における被写体の鼻や口は再現されていない。
・本件イラストでは本件写真素材における被写体のシャツの柄も異なっている。

このように、元になった写真と、それに基づいて描き起こされたイラストとの類似点、差異点が細かく判断され、非侵害という判断になりました。
一番最初の「創作性」の認定の時点である程度予想はつきますね。

3.そもそも原告は著作権者なのか

結論から言えば、「著作権者ではない」と判断されました。
写真の著作物の著作権者は原則的にはその写真を撮影したカメラマンです。
従って法人が著作権者になるには、法人の従業員がカメラマンであり職務として撮影を行った場合か、カメラマンから著作権を譲渡された場合のどちらかです。
今回は、原告がカメラマンから著作権の譲渡を受けているか否かが争点となりました。

判断をまとめると、
・販売のための写真素材の確保に際して、写真を撮影したカメラマンとの間で原告が交わす契約には、著作権の譲渡条項を含む「請負契約」と、著作権がカメラマンに留保される「非独占的使用許諾契約」とがある。
・原告は、本件写真素材について「請負契約」により著作権が譲渡されていると主張するが、その点について何度も立証を求めらているにも関わらず、証拠が提出されない。
・そのため、本件写真素材が原告によって使用されることが許される根拠は、「請負契約」、「非独占的使用許諾契約」のいずれの契約によるものか不明である。
・結論として、原告が本件写真素材の著作権者であるとは言い切れない。

ということで、「著作権者ではない」と判断されたというよりは、「著作権者ではない可能性がある」と判断されたという形です。

コンテンツを取り扱う会社であれば、コンテンツの権利に関しては厳密な把握、管理が求められて当然なわけですが、そこがユルかったという事ですね。

4.原告の提訴は違法か

原告が 4万1040円で販売している75店の素材集のうちの1点の使用、しかもそのまま使用したのではなく描き起こしてイラスト化した使用であるにも関わらず、54万円の支払いを求めた。 最終的には29万7000円の支払を求めた提訴があまりにも法外であり違法だという主張については、結論としては退けられました。

そもそもの話として、

民事訴訟の提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる。

とされています、

その上で、
「原告の主張の妥当性はさておき、この訴えが完全に無理筋だってことを原告が理解していたという根拠はない」
ということで退けられました。

なんか、「無知であればむやみやたらに無理筋な裁判起こしても許される」って言ってるように聞こえますが。。。

雑感

依拠したことは明らか、でも完全にコピーしているわけではない。

というケースは割と世の中で多いのではないでしょうか。
そして、そういったケースでは内容に関わらずコピーした側が「パクリだ!」として叩かれる傾向にあると思います。
正直、自分はこの傾向が好きではありません。
「パクリだ!」として叩いている人の大半は、同じ口で「表現の自由を守れ!」とか言ってて、「考えも信念もあったもんじゃないなぁ」と思います。

絵を描いたり写真を撮ったり諸々の表現活動を行う際、何かを参考にする事は当然にあるでしょう。むしろ、参考が無い場合の方が少ないのではないでしょうか。
その上で、表現者は各自の常識の範囲内で「オリジナルだ」と言えるように創作を行うわけですが、万人がまったく同じ「常識の範囲」を共有することはまず無理ですね。そのために裁判によって侵害だと判断されるラインが引かれるわけですが、そのラインとは別のところで、裁判では侵害とは判断されないレベルのものに対して「パクリだ!」という言説が世に蔓延しているのが非常に気持ち悪いです。

今回のケース、「なんでこれが侵害じゃないの?」と思う人もいると思います。著作権侵害に関する判例知識のない一般の人が本件を見た時、むしろ「侵害している」と思う人の方が多いのかもしれません。
そう思うくらい、世の中の「パクリだ!」圧力の強さを感じます。
極端な事を言えば、その先に待つのは「パクリだ」と言われるのが怖くて何も世に出せないディストピア。
そんなの嫌でしょう。

また、この「パクリだ」圧力は、著作権侵害云々ではなく「自分でゼロから創れ」「人のもん参考にするな」といった感情的な要因の方が大きいと感じる事も気になります。
すべての創作物を完全にゼロから創っている人の方が少ないでしょうし、人のものを参考にしていない人なんていないんじゃないでしょうか。

ハッキリ言って、今回のケースで著作権侵害が認められるようであれば、日本の創作は死ぬと思います。
自分で描いたかどうかは大きな問題ではなく、「表現」として具現化されているものに基づいて客観的に判断されるべきものですから、写真素材にフィルター当ててイラスト風にして張り込んだとしてもセーフだと思いますし、元の写真素材の陰影や色彩がもっと残っていて、今回のケースよりも元の写真に近い状態だったとしてもセーフだと思います。

そもそも、被告は描き起こしたイラストを、単体のイラストとして公開しているわけではなく、自身が創作した同人誌の一部分として用いているのみです。その一部分も、被告の同人誌の中で大きな意味を持つ部分ではなく、同人誌を見た人のいったい何割が気に留めるのかというレベル。
かなり個人的な意見ですが、 この時点で著作権侵害となる可能性はほぼゼロでいいと考えています。

法的な判断の外で

本件、判断された争点は4つですが、そのどれも参考になる内容です。

が、
本件について最も思うところはそのどれでもありません。
ずばり、

原告の対応の悪さ

ですね。

法的に著作権侵害か否かはさておき、被告は原告に対して使用料の支払いを申し出ています。その行為を「無知から出た愚策」とするか、「真摯な姿勢」とするか、それは見た人それぞれが判断すればいい事でしょう。ここでは置いておきます。

対して原告は、当初54万円、提訴時には29万7000円という法外な要求をしているわけです。
これを「正当な権利の行使」と受け止める人はそうはいないんじゃないでしょうか。
「権利の乱用」と受け止める人の方が多いでしょう。
その結果どうなったかは上記の通り、

欲かいて損をした

という言葉がそっくりそのまま当てはまる間抜けな結果となりました。

そして金銭的に損をしただけではなく、法外な要求をした強欲な会社という印象まで付いてしまった。こっちの方が痛いはずです。

常々言っている事ですが、知的財産というものは対応を誤ると「ケチだ」とか「横暴だ」という悪い印象を持たれてしまいます。一方、企業の資産として、主張するべき部分は確実に主張していかなければいけない。そのバランス感覚に模範解答はありませんが、少なくとも企業としての明確な方針のもと慎重に判断されるべきものです。私も、顧問先にはお経のように言っている事です。

企業にとって真に有意義な知的財産戦略とは何なのか。
社会的な存在意義を見失い目先の金やメンツばかりの大企業には馬耳東風でしょうが、信念に従う中小ベンチャー企業には是非とも考えて欲しいですね。

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