自分はけっこう仕事を断ります。
断るには当然ながら理由があってその理由は様々なのですが、詰まるところは、
自分が綱紀の責任者として独断で弁理士を処分する権限を握ったとして、それをやった弁理士を処分するかどうか
です。
コレとか、コレとかの代理人は自分が懲戒の全権を握っていたら問答無用で懲戒処分にします。
例えば、一番最近断った依頼はこんな感じでした。
・Bの分野のサービスを新たに企画していて、Aというサービス名にしようとしている。
・同分野でAという名称のサービスが既にあるが、商標登録されていなければ登録したい
で、Aで検索してみると、確かについ最近のプレスリリースでAというサービスをB分野で開始した旨が告知されていました。
はて?
プレスリリースの会社名は依頼者の会社名とは違います。
依頼者の会社と関連の会社なのかな?
もしかして横取り的に商標登録しちゃおうとしてる?
ちと混乱したので、返信メールで確認しつつ場合によっては請けられない旨を伝えます。
このプレスリリースのサービス主体による商標登録のご依頼でしょうか?それともこのサービスとは無関係に商標登録を行いたいという趣旨でしょうか?もし後者であれば請けられません。
で、後者だったので請けなかったわけですが。
この件、どうでしょう。
普通に請けちゃう弁理士はいると思うし、なんなら請ける弁理士の方が多いかもしれません。
では、何故自分はこれを請けなかったのか、何故これを請けると懲戒処分だと思うのか、というのが今回のお話。
1.現行の商標法ではどう評価されるか
自分がこの件についてなぜ懲戒処分対象だと考えるのかをグチグチと語る前に、この件が現行の商標法に照らしてどう評価されるのかを確認します。
前提として、プレスリリースの会社が商標登録を行っていなかった場合とします。
1-1.先使用権
まずは先使用権。
プレスリリースの会社は既にA商標を使用しているわけですから、”先”に”使用”してるわけですね。
では、商標法の先使用権の条文はどんな要件になっているかというと、
(先使用による商標の使用をする権利)
第三十二条 他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(略)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。
(略)
誰かが商標登録を行うよりも前からその商標権に類似する範囲で事業を行っていた人は、その商標権の出願日の時点で有名になっていれば継続してその商標を使い続けてもいいよ、という法律です。
今回の依頼を請けて商標登録出願を行って依頼者が商標権を得てしまったとして、プレスリリースの会社がこの先使用権を主張できるかというと、基本的には厳しいでしょう。プレスリリースから出願までの間に1ヶ月もありません。その1ヶ月足らずの間に条文に書いてある「自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている」という条件が満たされるとは思えません。
そのプレスリリースをきっかけとしてそのサービスが滅茶苦茶にバズって有名になったということなら可能性はありますが、そのような状況は見えません。
1-2.他人の周知商標による拒絶
では、そもそも登録されるのか?という点はどうでしょう。
上記の通り、プレスリリースの会社による出願は無いという前提です。
(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(略)
十 他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
商標登録出願の時点で、類似する他人の商標がすでに世の中で有名になっていたら登録できませんよ、という法律です。
こちらも上記の先使用権と同様、プレスリリースの会社のサービス名について条文にある「需要者の間に広く認識されている」という条件が満たされないので適用はされず、この条文を理由として依頼者の出願が拒絶されることはないでしょう。
1-3.公序良俗違反では?
すでにプレスリリースまで行って使用している商標を横取りするような真似、公の秩序を害するだろう!という指摘についてはどうでしょう。
(商標登録を受けることができない商標)
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
(略)
七 公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標
自分がもっと幅広く適用すべきだと思っている商標法の条文、公序良俗違反です。
そして、数々の炎上事案に基づく昨今の商標制度に対する不信感を背景として、この条文の適用範囲が確実に広がっているのを感じているところではありますが、審査段階でこの条文が適用されることはまずないでしょう。
少なくともこれまでの経験則に基づけば適用されません。
登録された後、争いになって炎上して世論がプレスリリースの会社側の味方をし、プレスリリースの会社側で有能な弁護士が巧みに主張立証をしたとしたら、裁判所において認定されるかもしれません。
そう思う程度には適用範囲が広がってきているのを感じます。
以上の通り、現状の商標法においてこの依頼が否とされる理由はなく、「商標は早いもの勝ち」という言説の通り、プレスリリースの会社が商標登録出願をしていないのであれば、依頼者の商標は登録されることになります。
ですので、「依頼者の利益」「商標は早いもの勝ち」という免罪符を高々と掲げてこの依頼を請ける弁理士は少なくない、というかほとんどの弁理士は請けるのだと思います。
その結果としてプレスリリースの会社が何を思い、どのように対応するか、その果てに依頼者がどのような状況に置かれるのか、等といったことを考えもせずに。
2.なぜ懲戒されるべきと考えるのか
で、なぜこの仕事を請ける弁理士が懲戒されるべきだと考えるのか、ということですが、
まずは感情やら信念やらを極力抜いた客観的な理由から。
2-1.出願されてる可能性
それは、すでに出願されているかもしれないからですね。
この連絡を受けた際にAという名称についてJ-PlatPatで検索しても出願や登録は抽出されなかったんですが、だからと言って絶対に無いとは言い切れないのが怖いところ。
検索して出てきたプレスリリースはこの連絡のあった日の1週間程度前の日付でした。
このプレスリリースの日付に合わせて商標登録出願をしていたとしたら、その情報はまだJ-PlatPatでは出てこないでしょう。
なので、「検索しても出てきませんから登録できますよ!」というのは返答としては不十分。
仮に出願代理をするとしても、「もしかしたらまだ出願が公開されていないだけで、既に出願されているかもしれません。その場合は後願になるので拒絶されます。」という説明が事前になければいけません。
というわけで、その説明をすることなく出願代理をしたのだとしたら、弁理士として必要な知見に欠け、依頼者の利益を損なった、ということで懲戒処分です。
まぁ、これは依頼を断った一番の理由ではなくオマケ的なものです。
2-2.横取りだよね
自分が最も懲戒理由だと思うのはむしろこちら。
今回の依頼を請けて商標登録出願を代理したとして、上記の通り現在の商標法に照らして何か罰則があるとかそういったことはあり得ません。
プレスリリースの会社がすでに出願していたとすれば、その出願を理由として拒絶されて終わりでしょうし、プレスリリースの会社が出願していなければ登録査定されて依頼者の商標権になるでしょう。
前者の場合、後者の場合、いずれの場合も自分は問題だと考えます。
まず前者の場合、上記の通りプレスリリースのタイミング的には出願があるあもしれないという予想は立って然りなわけで、それを予測できずに「検索しても出てきませんから登録できますよ!」なんていう返答で依頼者に出願させたとしたら有罪、懲戒処分となるのは上記の通り。
が、もっと問題なのは後者の場合です。
依頼者の出願が通ったとしたら何が起こるか、かなりの高確率で既にプレスリリースしてサービスもリリースしている会社との間で争いが起こりますよね。
依頼者の会社がプレスリリースの会社に対して商標の使用差し止めを請求したり、逆に相手方の会社が異議申し立てや無効審判等でこちらの商標登録を攻撃してきたり、登録後に生じ得る揉め事は数々思い浮かびます。
そして、それらの対応についても受任するとなれば、弁理士としてはそれだけ仕事になるということで、この依頼は弁理士の仕事としては結構おいしい仕事ということになるかと思います。
なので、
二つ返事で受ける弁理士は結構多いんじゃないかと思います。
が、この商標登録出願が忌避されない事こそが、現状の商標制度の欠陥の最たるものだと思いますし、依頼人に生じるトラブルが数々思い浮かぶにも関わらず、それを静止せずに仕事として請ける弁理士が誠実だとは思えないですね。
個人的には十分に懲戒理由です。
知財制度は何のためにあるのか
弁理士が100人いたら100通りの違った回答がありそうな抽象的な問いですが、少なくとも本件のように揉め事が起こる蓋然性が高い商標登録出願が否とされない現状には大きな違和感を感じています。
本件の商標が登録されれば、高確率でプレスリリースの会社との間で争いが生じます。
そして、プレスリリース後の後出しになることが確定している依頼者の会社が世間の理解を得られるとも思えない。
この出願を行うことはどう考えても依頼者のためにならない。
これが、この仕事を断った最大の理由です。
その他、既存の判例に照らせば意味がないとか諸々ありますが、大きなところはこの2点。
3.普通に考えてみて
上記の通り、現行の商標制度に照らせば(プレスリリースの会社が商標登録出願を行っていない限り)、依頼者の会社が商標権を獲得することは可能なのですが、それでいいいんでしょうか?
競合サービスについて先にサービス開始して、プレスリリースも行っている、それを横目に
商標登録してないならこっちで商標登録してサービス名横取りしてやろう
という行為に疑問を感じることなく、「依頼者の利益のため」「それが商標制度」を免罪符にしてそれに加担する弁理士に義があるとはどうしても思えません。
この辺の話は弁理士仲間と話していても徹底的に平行線でまったく理解されないこともあるので、この依頼をホイホイと請けて出願だけでなくその後の対応も含めてボロく儲ける弁理士もいるんでしょう。というか、その方が多いと思います。
が、若し商標制度が存在しないとしたら、
この依頼の商標登録出願によって依頼者が余計な揉め事を抱えたり、プレスリリースの会社が不意打ちの商標権行使を喰らったりすることはないわけです。
商標制度が揉め事、トラブルの原因になってませんか?
“普通”に考えて、おかしくないですかね?
この依頼を請けることによってボロく儲けられたとしても、自分自身の属性値が低下するのは間違いないと思います。
オウガバトルサーガで言うところの、アライメント(ALI)、カリスマ(CHA)、そしてカオスフレームです。ウルティマオンラインであれば、カルマ(徳)、フェイム(名声)です。
ALI、CHAの数値はクラスチェンジに影響し、そしてカオスフレームを含む全ての値はエンディング分岐に影響します。
そんな重要な値を下げてまで金を稼ごうとは思いません。
それにしても、ゲーム中の行動によってこれらの値が変化して就ける職業やエンディングが変化するというシステムを考えた松野泰己はホント天才ですね。
4.おわり
商標制度、というか法律は完璧ではありません。
だからこそ頻繁に法改正があるわけです。
そして、この依頼を請けなかった理由には、現行の商標制度が欠陥品であると思う理由が詰まっているわけです。
当然ながら、その理由は既に述べた現行の商標制度に照らしてどう評価されるかの部分にあるわけで、その辺を裏返すような法改正があればこの依頼の商標出願が否定されるような制度になるわけです。
が、先使用権の要件を緩和しようとか、他人の周知商標による拒絶の範囲を拡大しようとか、公序良俗違反の解釈を拡大しようとか、どれをとっても一生議論が続くような論点なのでそう簡単ではないでしょう。
ただ、現行法において否定されないだけで、商標制度の存在意義に照らせば否定されて然るべきだし、上記の法改正があれば否定される可能性は十分あるわけです。
また、制度の異なる他の国、特に使用主義を採用する国においては当然に否定されるという場合もあります。
いずれにしても、
(目的)
第一条 この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。
この法目的に寄与するとは到底思えない、何なら法目的に反するとさえ思えるような出願の代理を請けることは、自分の属性値を低下させ、ひいては弁理士という職業の信用を既存する愚かな行為であり、自分が独断で決定できるのであれば懲戒処分です。
が、上記の通りこの依頼を何の疑問も持たず、むしろ依頼者の利益のために当然だとして請ける弁理士の方が多いのが現状だと思います。
弁理士ってクソだわ~。
まぁ、自分は弁理士会内の政治が反吐が出るほど嫌いなので、自分が弁理士会の綱紀に携わることなんて絶対に有り得ないわけですけどね。
ジジイになって気が向いてかつ周囲の状況もそんな感じになって万が一自分が弁理士会の綱紀に携わるようなことがあれば、この手の依頼をうけて商標の揉め事を引き起こす悪徳弁理士を片っ端から処分してやります。
まぁ、「弁理士を片っ端から処分してやる」なんて言ってる人間が弁理士から選ばれて弁理士会の綱紀に携わることなんてあり得ないわけですけど。
ちなみに、
丁寧に「請けられません」という返答をするのは相手のことを尊重してのことです。
飛び込み、初見の依頼でこの手の話をする人のことは無視してます。どうぞ銭ゲバ弁理士に依頼してとことん金を引っ張られて下さい。
逆に、説教を喰らわせるほどの信頼関係がある相手であればせつせつと説教して「やめときなさい」と諭します。