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弁理士試験の勉強をした者であれば必ず知っている商標法の最重要判例が「小僧寿し事件」です。
この裁判の結論はつまり、
商標権者の利益なんて知ったこっちゃね~よ
というものです。
ここで、商標法の法目的を見てみましょう。
第一条 この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。
「商標の保護」「商標の使用をする者の業務上の信用の維持」とは書いてありますが、「利益」とはどこにも書いてませんね。そればかりか、目的としては「産業の発展に寄与」「需要者の利益を保護」とあり、「商標の保護」「商標の使用をする者の業務上の信用の維持」は目的ではなく手段です。
つまり、
商標登録をしたからといって、商標権者の利益が保護されるとは限らない。
わけです。
それが最もよく現れている判例が今回の「小僧寿し事件」です。
目次
5.「小僧寿し」「KOZO SUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO ZUSHI」について
7.前掛け部分に「小僧寿し」の文字が表示されたイラストについて
1.原告(おにぎり 小僧)について
先にお断りしておくと、この小僧寿し事件で負けてしまった原告側は決して商標ブローカーではありません。
判決文を引用しますと、
原審の認定事実によれば、(一) 上告人は昭和四九年一一月ころから大阪市を中心とする近畿地区において「おにぎり 小僧」の名称で持帰り用のおにぎり、すし等の製造販売を始めた
四国地域では本件商標を使用しておにぎり、すし等を販売したことがない
ということで、昭和49年という古くから、少なくとも大阪市を中心とする近畿地区において、「おにぎり 小僧」の名称で持ち帰り用のおにぎり、すし等の製造販売を行っています。
そして、原告側はこの商標権(現在は消滅)の権利者でした。
出願日は昭和31年。
商標は縦書きで「小僧」
指定商品は旧類の45類で、「他類に属しない食料品及び加味品」というザックリしたものなのですが、類似群コードとして現在の「寿司」と同じ32F06が振られています。
今回は、「寿司」と同一又は類似である、とだけ覚えれば十分です。
商標登録出願日の昭和31年に対し、判決文で認定された原告の事業の開始時期は昭和49年ですが、この裁判が行われた時期(地裁の事件番号は昭和56年)において客観的に証明可能な時期が昭和49年だったということなのだと思います。
実際には昭和31年程度から、細々ながらも事業は開始していたのではないでしょうか。
自身で「おにぎり 小僧」を展開し、「小僧」という、「寿司」と同一または類似と認定される指定商品の商標権を有している。
「小僧寿しチェーン」に対して商標権を行使する条件は完全に揃っていると感じるかと思います。
2.被告(小僧寿し)について
言わずとしれた小僧寿しチェーンです。
判決文で認定されている事業の開始年は、
被上告人は、持帰り品としてのすし(以下「本件商品」という)の製造販売を目的として昭和四七年五月一日に設立された株式会社である。被上告人は、株式会社小僧寿し本部との間でフランチャイズ契約を締結してその加盟店(フランチャイジー)となるとともに、自らも四国地域におけるフランチャイザーとして各加盟店との間でフランチャイズ契約を締結しており、小僧寿し本部、被上告人を始めとする加盟店、そして更に被上告人傘下の加盟店は、フランチャイズ契約により結合し、全体として組織化された一個の企業グループ(フランチャイズチェーン)を形成していた。遅くとも昭和五二年には、小僧寿し本部は「小僧寿し本部」あるいは「小僧寿し」と略称され、右企業グループを示す名称として「小僧寿しチェーン」が使用されていた。
ということで、株式会社としての設立は昭和47年、「小僧寿し」が使用されていたと認定されたのは遅くとも昭和52年、ということです。
また、判決文中ではこの商標権を有することに触れられています。
小僧寿しを知ってる人なら一度は見たことがあるのではないでしょうか。小僧さんのマークですね。
こちらの出願日は昭和48年と、おにぎり小僧側の出願日よりもだいぶ遅いタイミングです。
指定商品は旧類で32類「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品」なんですが、類似群コードとして現在の「寿司」と同じ32F06が振られています。
3.小僧寿し側の使用した標章について
小僧寿し側が使用した標章(文字やマーク)について、それぞれ判決文を引用しながら確認します。
(A)小僧寿し(被上告人標章一(1)ないし(9))
被上告人標章一(1)ないし(9)は、「小僧寿し」の四文字を横書き又は縦書きした標章
(B)KOZO(被上告人標章二(1)(3))
ローマ字で「KOZO」と、・・・横書きした標章
(C)KOZO SUSHI/KOZO SUSI/KOZO ZUSHI(同二(2)(4)(5))
ローマ字で「KOZO SUSHI」「KOZOSUSI」「KOZO ZUSHI」と、・・・横書きした標章
(D)小僧のイラスト(被上告人標章三(1)ないし(6))
ちょんまげ頭にねじり鉢巻きを締め、胸にさらしを巻き、着物の上にはんてんを羽織り、前掛けをして高下駄を履いている人物が、前掛けの前で両手を揃えてお辞儀をしている姿を正面から描いた図形から成る標章
被上告人標章三(1)については、小僧寿し本部が商標登録出願をして、設定登録を受けているものであるところ、同三(2)ないし(6)の各標章はこれに類似するものである
被上告人標章三(5)の前掛け部分の「小僧寿し」の文字
ということで、(A)~(C)については「小僧寿し」やそのローマ字に関するもの、(D)は上述した小僧寿しチェーンの登録商標、小僧さんのマークやそれに類似するもの、その一つは前掛け部分に「小僧寿し」の文字が表示されたものということです。
(D)にまで権利行使しているのは「う~ん、、、」という感じですが。
4.ここまでの印象について
「おにぎり 小僧」側の権利行使について、どう思うでしょうか?
自ら持ち帰り寿しを営み、屋号である「小僧」について商標権を有していれば、「小僧寿しチェーン」の台頭に際して権利を行使する気持ちは十分理解できます。
他方、少なくともこの最高裁判決の事件番号である平成6年というタイミングであれば、小僧寿しチェーンはかなり有名、むしろ今(2023年)より有名で、持ち帰り寿しとしては一強の時代だったのではないでしょうか。
化体した信用の保護、看板の詐称やフリーライドの防止、という法目的に照らせば、「小僧」という商標に化体した信用をめぐって、小規模な事業者である「おにぎり 小僧」が商標権を有しているとしても「小僧寿しチェーン」と争うのには疑問を感じる部分もあります。
という印象を持った上で、具体的な判断について順に見ていきます。
5.「小僧寿し」「KOZO SUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO ZUSHI」について
知財をかじっている人がこの状況を見て思うことの先頭集団の一つに、「寿し」の部分には識別力が無いので、それを除いた部分、即ち「小僧」の部分のみで判断される、という理論がありますね。
そうすると、「小僧寿し」は「小僧」となり、登録商標とほぼ同一、少なくとも類似になります。
事実、控訴審まではそのように判断されています。
その内容が記述されている判決文を見てみると、
被上告人標章一(1)ないし(9)は、「小僧寿し」の四文字を横書き又は縦書きした標章であり、その自他商品識別機能を有する部分は「小僧」であって、右要部は本件商標と外観において類似し、称呼及び観念において同一であるから、右各標章は本件商標に類似する。
同二(2)(4)(5)はローマ字で「KOZO SUSHI」「KOZOSUSI」「KOZO ZUSHI」と、いずれも横書きした標章であるところ、自他商品識別機能を有する部分はいずれも「KOZO」であって、右要部の外観は本件商標と類似しないが、その称呼及び観念は同一であるから、被上告人標章二(1)(3)はもちろん、同二(2)(4)(5)も全体として本件商標に類似する。
という形で、控訴審までは、「小僧寿し」「KOZO SUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO ZUSHI」については商標としては類似関係にあると判断されています。
その上で、
しかし、遅くとも昭和五三年には、「小僧寿し」は、小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの略称として著名になっており、商標法二六条一項一号にいう自己の名称の著名な略称に該当し、被上告人による被上告人標章一(1)ないし(9)、同二(2)(4)(5)の使用は、これを普通に用いられる方法で表示するものであるから、本件商標権の禁止的効力は及ばない。
ということで、控訴審までは「小僧寿しチェーン」の著名性を引き合いに、「自己の名称の著名な略称」に該当するので権利の及ばない態様であると判断しています。
ですが、
原審が、被上告人標章のうち標章二(1)(3)を除くその余の標章について、これらが本件商標に類似すると判断した点は是認することができないものであって、右各標章はいずれも本件商標に類似するとはいえない
として、上告審では類似関係そのものを否定しています。
「小僧寿し」「KOZO SUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO ZUSHI」は、いずれも商標「小僧(縦書き)」には類似しない、というのです。
さぁ、どのような理論なのでしょうか。
小僧寿しチェーンは、外食産業において上位の売上高を上げ、知名度も高く、遅くとも昭和五三年には、本件商品の製造販売業者として著名となっており、「小僧寿し」は、小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンの略称として一般需要者の間で広く認識されていたというのであるから、被上告人標章については、一般需要者が「小僧寿し」なる文字を見、あるいは「コゾウズシ」又は「コゾウスシ」なる称呼を聞いたときには、本件商品の製造販売業者としての小僧寿し本部又は小僧寿しチェーンを直ちに想起するものというべきである。そして、「小僧寿し」は、一般需要者によって一連のものとして称呼されるのが通常であるというのであるから、右によれば、遅くとも昭和五三年以降においては、「小僧寿し」「KOZOSUSHI」「KOZOSUSI」「KOZO ZUSHI」の各標章は、全体が不可分一体のものとして、「コゾウズシ」又は「コゾウスシ」の称呼を生じ、企業グループとしての小僧寿しチェーン又はその製造販売に係る本件商品を観念させるものとなっていたと解するのが相当であって、右各標章の「小僧」又は「KOZO」の部分のみから「コゾウ」なる称呼を生ずるということはできず、右部分から「商店で使われている年少の男子店員」を観念させるということもできない。すなわち、被上告人標章一(1)ないし(9)、同二(2)(4)(5)においては、標章全体としてのみ称呼、観念が生ずるものであって、「小僧」又は「KOZO」の部分から出所の識別標識としての称呼、観念が生ずるとはいえない。
本件商標と右被上告人標章とを対比すると、外観及び称呼において一部共通する部分があるものの、被上告人標章中の右部分は独立して出所の識別標識たり得ず、右被上告人標章から観念されるものが著名な企業グループである小僧寿しチェーン又はその製造販売に係る本件商品であって、右は商品の出所そのものを指し示すものであることからすれば、右被上告人標章の付された本件商品は直ちに小僧寿しチェーンの製造販売に係る商品であると認識することのできる高い識別力を有するものであって、需要者において商品の出所を誤認混同するおそれがあるとは認められないというべきである。したがって、被上告人標章一(1)ないし(9)、同二(2)(4)(5)は、本件商標に類似するものとはいえない。
要約すると、
「小僧寿し」「KOZO SUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO ZUSHI」について、それが持ち帰り寿しに使われた場合には、商標法の定石にあるような「寿し」「SUSHI」「SUSI」「ZUSHI」の部分を除いて「小僧」「KOZO」の部分のみが識別力を発揮するというようなことはあり得ず、「小僧寿し」「KOZO SUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO ZUSHI」全体として商標として認識され、その認識は確実に「小僧寿しチェーン」を想起するのであり、本件の商標「小僧」が示す「おにぎり 小僧」と出所の混同が生ずることはあり得ない。従って、本件の使用態様に限っては、「小僧寿し」「KOZO SUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO ZUSHI」は本件商標「小僧」と類似しない。
ということです。
ここで大事なのは、「小僧寿し」「KOZO SUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO ZUSHI」が、その客観的な構成として本件登録商標「小僧(縦書き)」と非類似であると言っているわけではないことです。
あくまでも、かの有名な「小僧寿しチェーン」が使う場合において、需要者が「小僧寿し」「KOZO SUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO ZUSHI」から認識する商品の出所はかの有名な「小僧寿しチェーン」であり、本件商標商品「小僧(縦書き)」の権利者である「おにぎり 小僧」との間で商品の出所を誤認混同することはあり得ないから、非類似である、と言っているのです。
ここで、「類似」という言葉の定義をしなくてはいけません。商標法における一般的な判断である外観、称呼、観念に基づく「類似」を「類似(一般)」とすると、上記判決文で言われた「非類似」における「類似」は、取引の実情や需要者が認識する出所に基づいて最終的に「非類似」と言っているのであり、さしずめ「類似(実態)」です。
商標の類似関係は、その見てくれ(外観)や音(称呼)、意味合い(観念)のみに基づいて単純に判断できることではなく、取引の実情や需要者の認識に応じて個別具体的に行われるものである。そして、商標法が防ぐべきものは、商標権者の意志に反して第三者によって登録商標が使用されることではなく、第三者による商標の使用によって需要者が商品の出所を誤認混同することである、という法の理念が現れています。
言い換えれば、商標権者の権利が侵害されることとは、他者の行為によって登録商標との間で需要者が商品の出所を誤認混同することであり、登録商標に類似(一般)する商標が他者に使われた場合であっても、出所の誤認混同が生じなければ権利の侵害には当たらない、とも言えます。
究極的には、登録商標と完全に同一の商標を第三者が使用する場合であっても、絶対に出所の混同が起こらないのであればセーフ、というところまで拡張できるかもしれません。
6.小僧のイラストについて
小僧(?)のイラストが「コゾウ」という称呼を生ずるので本件商標「小僧(縦書き)」に類似するという主張がそもそも無理筋で、「んなわけあるか。帰れ!」でいいと思うところなので、ここはアッサリと。
被上告人標章三(1)ないし(6)は、小僧寿しチェーンの各加盟店において「小僧寿しチェーン」又は「小僧寿し」の名称と共に継続して使用されたことから、右各標章のみを見ても著名な企業グループである小僧寿しチェーンを想起し、右各標章から「コゾウズシ」又は「コゾウスシ」なる称呼を生ずる余地はあるが、そうであるとしても「商家で使われている年少の男子店員」の観念や「コゾウ」の称呼を生ずるものとは認められず、また右各標章から生ずる観念、称呼が商品の出所たる著名な企業グループである小僧寿しチェーンそのものであることに照らせば、称呼において本件商標と一部共通する部分があるにしても、需要者において商品の出所を誤認混同するおそれを生ずるものではないから、右各標章が本件商標に類似するものとはいえない
ということで、「小僧寿しチェーン」が使用してきた結果、「小僧寿しチェーン」を示すものとして有名になったイラストなので、「コゾウズシ」という称呼を生ずると考えることもできるが、この商標に触れた需要者が認識するのはあくまでも「小僧寿しチェーン」であって、以下同上、ということです。
7.前掛け部分に「小僧寿し」の文字が表示されたイラストについて
そもそも「小僧寿し」が本件商標に類似しないのは上記の通りなので以下同上
8.「KOZO」について(最大の論点)
さて、最後に残ったのは「KOZO」です。
この判断が本件が商標事件における聖典とされる最大の理由、俗に「損害不発生の法理」等と呼ばれる部分です。
本件商標は「小僧(縦書き)」ですので、少なくとも称呼は同一と言えます。
そして、「小僧寿しチェーン」が「小僧」と略して呼ばれているような状況は聞いたことがありませんので、「KOZO」という表示を見ても即座に「小僧寿しチェーン」が想起されることはなく、「小僧寿し」や「KOZO SUSHI」等と同様の論理では否定できないと思います。
ずばり、肝となる部分をいきなり引用します。
当該登録商標に顧客吸引力が全く認められず、登録商標に類似する標章を使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは、得べかりし利益としての実施料相当額の損害も生じていないというべきである。
要約すると、
・「おにぎり 小僧」が商標権者によって使用されていたとしても、たいして有名になっていないので「小僧」という商標には(「おにぎり 小僧」による)顧客吸引力がまったく認められない。
・従って、「小僧寿しチェーン」が「小僧」に類似する「KOZO」を使用したとしても、それによって(おにぎり小僧の知名度にフリーライドすることによって)「小僧寿しチェーン」の売上が上がるようなことはない。
・結果として、「おにぎり 小僧」側が実施料相当額を受け取るような筋合いはない。
という、なんとも(「おにぎり 小僧」側には)手厳しいながらも納得感のある判断です。
重要なのは
・「おにぎり 小僧」の登録商標「小僧」には、顧客吸引力がまったくない。
・「小僧寿しチェーン」による、登録商標「小僧」に類似する「KOZO」の使用は、「小僧寿しチェーン」の売上にまったく寄与していない。
という点です。
これらの点の判断について判決文を見ていきます。
まずは、「おにぎり 小僧」の商標「小僧」の顧客吸引力について。
上告人は昭和四九年一一月ころから大阪市を中心とする近畿地区において「おにぎり小僧」の名称で持帰り用のおにぎり、すし等の製造販売を始めたが、被上告人ないしその傘下の加盟店の店舗の所在する四国地域では本件商標を使用しておにぎり、すし等を販売したことがない、
本件商標は、四国地域において全く使用されていないものであって、一般需要者の間における知名度がなく、業務上の信用が化体されておらず、顧客吸引力が殆どなかった、
ということで、「お前売れてない」ということまでは言ってなくて安心する限りですが、その論旨は
・「おにぎり 小僧」の営業地域は大阪市を中心とする近畿地区である。
・今回権利行使を受けている「小僧寿しチェーン」は、四国地域のフランチャイザーである。
・「おにぎり 小僧」は四国地域で営業していないため、四国地域での知名度はなく、顧客吸引力はほとんどない。
ということです。
次に、「KOZO」の使用が「小僧寿しチェーン」の売上にまったく寄与していないという点について。
被上告人標章二(1)(3)(※「KOZO」)については、被上告人ないしその傘下の加盟店の店舗のうち高知県下の二一店舗の中に、正面出入口横のウィンドウに被上告人標章二(1)を表示したものと、店舗壁面に同二(3)を表示したものが各一店舗ずつ存在しただけであって、被上告人は、主として被上告人標章一(1)ないし(9)(※「小僧寿し」「KOZO SUSHI」etc)、同三(1)ないし(6)(※小僧イラスト)を使用し、副次的に同二(1)(3)を使用することがあったにすぎない、というのである。そうすると、被上告人の本件商品の売上げは専ら小僧寿しチェーンの著名性、その宣伝広告や商品の品質、被上告人標章一(1)ないし(9)、同三(1)ないし(6)の顧客吸引力等によってもたらされたものであって、被上告人標章二(1)(3)の使用はこれに何ら寄与していない
ということで、
・「KOZO」についてはそもそも使用数が少ない。
・主として使用していたのは「小僧寿し」「KOZO SUSHI」etc、小僧イラストであって、「KOZO」は副次的な使用に過ぎない。
・「小僧寿しチェーン」の売上はもっぱら「小僧寿しチェーン」自体の著名性や、「小僧寿し」「KOZO SUSHI」etc、小僧イラストの顧客吸引力によるものである。
ということが説示されました。
一つ、不完全な部分としては、原告「おにぎり 小僧」側の請求が損害賠償請求のみで、差止請求が行われていなかった点。
そのため、上述した損害不発生の法理により損害賠償請求のみを否定すればそれで終わり、類似関係まで否定する必要はなかったことです。
「小僧寿し」「KOZO SUSI」「KOZO SUSHI」「KOZO ZUSHI」については類似関係が否定されたので、損害賠償請求はもちろん、差止請求も否定されます。
「おにぎり 小僧」の登録商標「小僧」に基づき、超有名持ち帰り寿しチェーン「小僧寿しチェーン」による「KOZO」の使用の差し止めが認められるのか、認められないとしたらどのような法理で認められないのか、例えば「出所混同の恐れはない」等といった理由になるのか、非常に興味があるところです。
9.判決の意義
というわけで、「おにぎり 小僧」による「小僧寿しチェーン」への権利行使(損害賠償請求)はすべて否定される結果となりました。
この判決が杓子定規な商標権の侵害判定に冷水を浴びせているのがよく分かると思います。
杓子定規な商標権の侵害判定は、「登録主義」と呼ぶことができます。
と書くと、怒る人もいるかもしれませんが、意志を持ってこう書きます。
商標登録されていることが正義で、どんな事情があろうと登録商標と同一または類似の商標を使用した場合には権利侵害であり、差止請求や損害賠償請求を受けて当然、という杓子定規な考え方です。
これに対するのが「使用主義」であり、登録ではなく使用(実際の事業において商標を使うこと)によって権利が発生するという考え方です。
日本は形式的には登録主義が採用されていますが、完全な登録主義ではなく、使用主義的な部分もある制度になっており、3条1項柱書拒絶(自己使用に対する疑義)や、不使用取消審判(3年間の不使実績無しで取り消し)とかでバランスをとってるわけです。
そして司法の場においてもそのバランスが補完されており、その究極の形としてこの判例が存在する、という感じで弁理士受験生時代に習いました。
この判例を学んだとき、自分は非常に感動したものです。
というのも、40代以上のガンダムヲタクであれば経験している「エルメス」→「ララァ・スン専用モビルアーマー」事変に非常にモヤモヤしたものを感じていたからです。
「エルメス」というのが銭ゲバ婆専用バッグの商標であることは知ってます。
そのエルメスが、玩具等を指定商品にして商標登録をしているのであれば、ガンダムに出てくるモビルアーマー「エルメス」のプラモやフィギュアを売る際に「エルメス」と表示することが、形式的に商標権の侵害になることもわかります。
ですが、エルメスのプラモやフィギュアについて「エルメス」と表示されているからといって銭ゲバ婆専用バッグの顧客吸引力を利用しているとはどうしても思えない。
そもそも、エルメスのプラモやフィギュアを買うヲタク達には、銭ゲバ婆専用バッグの顧客吸引力なんて通用しません。
これで、「エルメス」という表記をやめ、「ララァ・スン専用モビルアーマー」に変える必要があるとはどうしても思えない。
そんな商標法でいいのか?
という形でモヤモヤの正体を言語化することができるようになると供に、
否
という結論も同時に見せてくれた判例だったわけです。
ガンダムのモビルアーマー「エルメス」のプラモデルやフィギュアに「エルメス」と使ったところで、その販売元を銭ゲバ婆専用バッグの販売元と混同する人なんてプラモデルやフィギュアを買う需要者層の中にいるわけないですし、そのプラモやフィギュアの売上に対して銭ゲバ婆専用バッグの顧客吸引力が影響しているわけもありません。
この判例に沿って判断すれば、「ララァ・スン専用モビルアーマー」のプラモデルやフィギュアを販売する際に「エルメス」の表記を行うことは完全にセーフでしょう。
弁理士試験の受験勉強において絶対に通る判例なので、すべての弁理士はこの判例の知識が頭に入っているはずなのですが、
商標は早いもの勝ち!
みたいな形で、杓子定規な登録主義でしかものを考えられない弁理士が一定数いる、というかその方が多い気がするのが不思議です。
一、需要者において商品の出所を誤認混同するおそれがなければ商標として非類似
一、顧客吸引力が利用されていなければ損害賠償責任無し
商標権の権利行使に際しては、本判決で示されたこの2つの法理を認識し、権利行使をすることが本当に自身の信用向上につながるのか、恥ずかしい結果にならないのか、それを厳密に検討する必要があると思います。
10.昨今の問題に対して
ところで、
この件です。
かなり前から、小僧寿し事件最高裁判決については商標判例の聖典として文章にしておこうと思っていたのですが、「今こそ!」と思ったきっかけがこの件でした。
なので、当初はAFURIの件を前面に出した記事として書き始めたのですが、商標判例の聖典が一時的な時事のオマケになるのは違う気がしたので、むしろこちらをオマケとして書いておきます。
さて、本件については、色々と言われているところですが、自分としても世間の反応と同様、権利行使に対して否定的な立場です。
阿夫利、雨降、という地名を独占するなんてとんでもない!
というのが大方の感想のようです。
商標法において地名と言えば、
(商標権の効力が及ばない範囲)
第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
・・・(中略)・・・
二 当該指定商品若しくはこれに類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定商品に類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
この条文ですね。
吉川醸造が製造する酒が阿夫利山の地において、そこで湧く水で作られているということであれば、この条文の適用によりセーフという可能性はありえるでしょう。
この条文に関する内容についてはこの記事とか、この記事でも色々と書いています。
「阿夫利、AFURIというのが地名とは言えない」ということを主張する声もあるようですが、現在の行政区で住所として用いられている地名しか認められないなんてことはあり得ないですし、
この辺の情報に基づいて考えれば、阿夫利、AFURI、というのは十分地名として通じるのではないかと思います。
なんですが、
自分としては地名云々ではなく小僧寿し事件が想起され、長年先送りにしていた聖典の記事を書く気になったわけです。
上記2つの法理、即ち
一、需要者において商品の出所を誤認混同するおそれがなければ商標として非類似
一、顧客吸引力が利用されていなければ損害賠償責任無し
を念頭に、提訴に関する会社としての声明や、社長のFacebook投稿等を見るに、踏んじゃってる気がしますよね。
少なくとも、上記2つの文章から、ラーメン屋側の酒については日本での製造販売により知名度を獲得しているとは言い難い状況ですから、吉川醸造が製造販売する酒のAFURIを見て、「あのラーメン屋のブランドだ!」と出所混同する人はいないでしょう。
そして当然、吉川醸造が製造販売する酒のAFURIの売上に対して、ラーメン屋のAFURIのブランドが寄与しているわけがないのです。
まぁ、今回の騒動で知名度が上がって「買って飲んでみるか」と思った人や「うちの店に仕入れてみるか」と思った人はいるかも知れませんが。
ただ、小僧寿し判決は商標事件においていわば「伝家の宝刀」なので、そう無闇に振り回すものでもありません。
この騒動に関して言えば、吉川醸造が製造する酒が阿夫利山の地で湧く水で作られている限り、まずは上記の26条の抗弁や、3条1項三号(記述的商標)による無効審判、そして件の登録商標の登録日は2020年4月14日ということなので、条件が合えば不使用取消審判等で対応することになると思います。
しかし、忘れてはいけません。
商標法が実現するのは、「化体した信用の保護」であって、間違っても「登録した言葉の独占」ではないということを。
そして、上記の声明文のようなものによれば、権利者は確実に、未だ日本国内で本格的に展開できていないブランドについて「登録した言葉の独占」を画策しているのです。
ところで、
私はクライアントから商標権の権利行使に関する相談を受けた際、上で書いたようなことを諸々検討してアドバイスするわけですが、弁理士になってから現在に至る十余年の中で、「これは権利行使するべきです!」となったことはただの一度もありません。
まぁ、そもそも商標専門の弁理士ではないので、そういった相談自体がそう多いわけではないのですが。
さておき、私に相談してくれる依頼者というのは中小ベンチャーが主で、既に世間に知られて確立しているブランドを有している依頼者が少ない、というのが一つの理由になると思います。
即ち、上記2つの法理
一、需要者において商品の出所を誤認混同するおそれがなければ商標として非類似
一、顧客吸引力が利用されていなければ損害賠償責任無し
これを潜り抜けてでも権利行使が成功すると確信できる事案が存在しなかったわけです。
既存の他の判例に照らせば、勝てる可能性があった事案もあったかもしれませんが、小僧寿し事件に現れた商標法の基本理念に照らして「絶対に勝てる」という事案は一つもありませんでした。
そして、相談者の心のうちに「言葉を独占したい」という願望が透けて見えたりもしたわけです。
そういった相談者に対して、上記のような説明や、仮に権利行使に踏み切った場合に世間がどう受け止めるかという説明をして、納得して感謝される場合もあれば、キレられる場合もあれば色々ですが、自分は弁理士としてお天道様に顔向けできると胸を張っています。
対して、いつも言っていることですが、このような権利行使が実行されてしまう場合の代理人はどうなんですかね。
例えば、上記のような小僧寿し事件に現れている法理念や、商標法26条に関する既存判例を十分説明した上で、それでも決行したいと依頼者が言ったのであれば最低限の仕事はしていると言えるかもしれません。
(それでも私は、なんとかして止める。理解してもらえないなら仕事を断るのが知財の専門家としての真摯な姿勢だと思いますが。)
ですが、上記の社長の物言い「我々はビジネスのルールに則った正当な手続きを踏んでるだけ」「私、間違ってるでしょうか?」を見るに、小僧寿し事件の法理や26条関係の判例の説明がしっかりされているとは到底思えないですし、しっかり説明がされた上でこれならこの社長は理解能力に難ありでしょう。
まぁ、相談者の中にはこういった説明には聞く耳を持たず、
いいから俺の望む結果を持って来い
というタイプの人がいるので、そういう人には何を言っても無駄なんですが。
本件について、仮にラーメン屋側の権利行使が成功した場合、現在の世相から想像するにラーメン屋の評判は更に下がることも十分予想されます。
他方、ラーメン屋側の権利行使が失敗した場合、上記の社長の物言い「我々はビジネスのルールに則った正当な手続きを踏んでるだけ」「私、間違ってるでしょうか?」の記録はかなり恥ずかしいものになってしまうんじゃないでしょうか。
とにかく、本件に限らずこういった世間の批判を浴びるような知財の権利行使に際していつも思うのは、
代理人は何をしてるのか
ということ。
自分は、自分を頼って来てくれた依頼者に対して、目先の金銭の獲得や法の精神を捻じ曲げてでも言葉を独占すること、を提供することはできない、若しくは意志を持ってやりません。
が、
後世に残るような恥、汚点だけは絶対につけさせない。
それが自分が弁理士として、知財の専門家として依頼者に確約すること。私の誇りです。