レンタルなんもしない人が言葉狩りをしているらしいという話

こんなツイートが回ってきました。

ご自分で始められたサービスですし、現在もご自分で営まれているようですから商標ブローカーとまでは言いませんが、
ドラマホリック見てたので、まぁなんというか非常に残念です。

2つめの30万円要求してるのは商標登録前のことみたいですが。

で、まずは対象の商標登録を見てみます。

登録6269072(商願2019-120042)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2019-120042/CE8B646A1FBF39C57B2AE7FC9B9B41A0466965BC534B530C67A4F9D84524269A/40/ja

指定役務は
第45類 犬の散歩の代行,個人のニーズに合わせて手配や情報提供などを行うコンシェルジュの役務,護衛,行方不明者の捜索,私信の代筆,社交界における付き添い,身体上の保安に関する助言,留守番,ファッション情報の提供,ペットの世話,家事の代行,個人の身元又は行動に関する調査,施設の警備,身の上相談,身辺の警備,占い,ベビーシッティング,衣装の選定,遺失物の捜索・返還

となっています。
ので、この商標権で仮に何かを禁止できるとしたら、それは上記の指定役務の提供に際して「レンタルなんもしない人」という表示を行うことです。

なので、「なんもしませんけど、呼ばれたら行きます」というサービスで「レンタルなんもしない人」という表示を行っても、この商標権には抵触しません。

また、商標権によって他者の行為を制限できるのは、あくまでも「指定商品、役務における商標の使用」であって、「特定の商売を営むこと、特定の行為を提供すること」ではありません。
例えば、「なんもしない人の貸し出し」を提示して「レンタルなんもしない人」という表示を行ったとします。
その上で、「なんもしない人を1人お願いします」と依頼を受けて出かけて行った先で上記の「犬の散歩の代行,個人のニーズに合わせて手配や情報提供などを行うコンシェルジュの役務,etc」といった指定役務や類似する物事を頼まれ、それに応えたとしてもセーフです。

個人的には、「なんもしない人の貸し出し」「なんもしない人のあっせん」というのが商標法上の指定役務(認められるとしたらおそらく35類)として認められるのかは非常に興味がありますw

人材派遣に関する役務はそのままでは認められず、派遣により行う業務を具体的に特定する必要があります。
「なんもしない」のがそもそもサービスなのか?という、禅問答のようなハナシになってきますね。
その他、妥当な指定役務を考えるとすればなんなのか、、、
「寄り添い」「同行」「遊び相手」「話し相手」とかでしょうか。どの区分に属するのかは検討もつきませんが。
どれも既存の登録には見られないものばかり。
45類で微妙な商標登録するくらいならば、サービスが多様化する中、「新しいサービス」としてこの程度の検討はした上で出願した方が良かったんじゃないでしょうかね。

出願経過を見ても、微妙な指定役務の登録にチャレンジした形跡はありません。
なぜ、少なくとも「なんもしない人の貸し出し」「なんもしない人のあっせん」での登録をチャレンジしなかったんだろう。

というか、「なんもしない」って言ってんのに「犬の散歩の代行,個人のニーズに合わせて手配や情報提供などを行うコンシェルジュの役務,etc」といった各種の役務が指定されていることにもジワジワくるものがあります。

これは笑い事ではなくて、商標法上の無効要件に該当しちゃったりなんかするのではないか、、、等と考えたりします。

第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
<略>
十六 商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標
<略>

商標は「レンタルなんもしない人」なので、それを見た人は「なんもしない人のレンタルなんだな」と理解します。
それに対して具体的な役務が指定された時点で「なんもしない」という意味に反します。
これについて、「役務の質の誤認だ!」という指摘はあながち的外れでも無いと思います。
この出願は、拒絶理由の通知もなく登録されているので、審査段階ではこの条項はスルーされていますが、第三者が無効を申し立てたらどうなるのか非常に興味があります。

ともかく、「なんもしませんけど、呼ばれたら行きます」というサービスを「レンタルなんもしない人」というサービス名で行いたい人は、とりあえず既存の商標登録は気にせず安心して行いましょう。

で、

そんなことだけ言ってもつまらないのでもう少し突っ込みます。

そもそも、「なんもしない人」の貸し出し、あっせんのサービスで「レンタルなんもしない人」という表示を制限することなんてできるのか?
というオハナシ。

この手の話は過去にもたくさん書いたので自分的には今更感アリアリのネタですが、

できません。

以下、過去記事の再掲

商標権が及ばない範囲

第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
<中略>
二 当該指定商品若しくはこれに類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定商品に類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
三 当該指定役務若しくはこれに類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定役務に類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
<後略>

ざっくり言えば、

商品やサービスの説明になっているような言葉には商標権の効力は及びません

という条文です。

例えば、AIによって商標の自動検索や商標の願書を自動的に作成するサービスを構築したとして、そのサービスを「AI商標」として公開したとしましょう。
すると、サービス内容的には「AI商標」の指定役務である、第45類「工業所有権に関する手続の代理又は鑑定その他の事務,訴訟事件その他に関する法律事務,知的財産権に関する助言・相談・指導及び情報の提供」に当たりますから、形式的には商標権の侵害という事になります。
しかし、サービス内容的に「AI商標」というのはサービスの内容を示している言葉ですよね。従って、上述した26条の条文が適用され、権利行使は否定されます。

商標的な使用態様ではない

上述した26条の議論とあまり変わらない議論だと思っているのですが、「その言葉の使い方は商標としての使用態様ではない」という判断により商標権侵害が否定される場合もあります。
というか、上記の26条が適用されるよりもこちらの議論で権利行使が否定されている場合の方が多いような気がします。

その言葉の使い方は商品やサービスの説明のために用いられている言葉であって、商品やサービスの提供元である出所を表示するために用いられていないから、そもそも「商標」として使われているわけではない。だから権利行使の対象とはならない。

という議論です。
なるほどなぁと思いつつ、そのような判断ができるなら26条の条文要らなくない?なんて思います。

判例

では、そんな感じで権利行使が否定された商標権侵害の判例を見てみます。
といっても、過去の記事で書いた内容のコピペです。

◆タカラ本みりん事件(平成13年(ネ)第1035号
宝醤油株式会社が「タカラ本みりん」という商標権を持っているのに対して、他の業者が(実際にタカラ本みりんが使われている商品に)「タカラ本みりん入り」と表示して売ってもセーフ。

◆がん治療最前線事件(平成16年(ネ)第2189号
新聞・雑誌を対象とした「がん治療最前線」という商標権があるのに対して、「がん治療の最前線」と表示された書籍(実際にがん治療の最前線に関する内容)を出してもセーフ。

◆ドーナツクッション事件(平成22(ネ)10084
クッション,座布団,まくら,マットレス等を対象とした「ドーナツ」という商標権があるのに対して、ドーナツ型のクッションに「ドーナツクッション」と表記して売ってもセーフ。

◆HP(ヒューレット・パッカード) QuickLook事件(平成22年(ワ)第18759号
パソコン関係を対象とした「QuickLook」という商標権があるのに対して、HPが「Quick Look」という名称をソフトウェアの機能として用いても、それはファイルのプレビュー機能を表現しているのに過ぎないからセーフ。

こんな感じで、どれもこれも権利行使が否定されています。
ただ、すべて「商標的使用態様ではない」という判断。
やっぱり、26条の条文要らないんじゃ。。。

<再掲終わり>
※2021年4月25日追記
関連する判例をアップデートしています。

ということで、過去の判例を見ても「なんもしない人の貸し出し」で「レンタルなんもしない人」という表示を行うことはセーフになると思われます。

後追いサービスとの区別を狙うならどうすればよかったか?

で、回ってきたツイートを見る限り、後追いで同じことする人に対して「あの、ドラマになったレンタルさんだ」と勘違いして依頼されることを避けたいだけなのかな?とも思います。
30万要求しちゃったりとかもしてるので必ずしもそうとも言えない可能性もありますが。

とりあえず、後追いサービスとの区別を狙うならどうすれば良かったか。

色んな方法があると思いますが、少なくとも商標法でやるのならば思い浮かぶのは2つ
・レンタルさんとして有名になってるTwitterのアイコンを商標登録して、「このアイコンが目印。これ以外は偽物!」として押し出す
・「レンタルなんもしない人」をロゴ化して商標登録し、「公式ロゴが無いものは偽物!」として押し出す

単に「レンタルなんもしない人」という言葉を独占できないのであれば、独占できるものをトレードマークにすればいいのです。
これは顧問先を始めとしたクライアントが商品名やサービス名を決めるときに毎回言ってることですが、

商標法で独占できない言葉を商品名やサービス名にしても他者に使われ放題なのでやめときなさい。

というオハナシ。
パッと見で商品やサービスの内容がわかりつつ、上で説明したように商標権の権利行使が認められないという判断にならない程度に造語感のあるものにしましょう、ということです。

ただ、今回はすでに「レンタルなんもしない人」で決まっちゃっていて、それを変えるというのも微妙な話。
だとすれば、「レンタルなんもしない人」をロゴ化して公式ロゴとして商標登録し、そのロゴの無断使用を商標法で禁止し、そのロゴで本物と偽物を識別するのが関の山かなぁと。

不競法や民法は?

じゃあ本物のレンタルさん以外の人が「レンタルなんもしない人」を使う際に一切の注意が必要ないかと言えばそうでもありません。

商標法上は上記の通りだけど、不競法(不正競争防止法)や民法上の責任が発生する可能性もあります。

が、これは一言「※ドラマになったレンタルさんとは別の人です」と表示しておけば万事解決です。
「ドラマになったあのレンタルさんだ!」と騙して客を取る行為に対しては、不競法や民法による損害賠償の責任の他、刑事罰もあり得るので絶対にやめましょうね。

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