“知財制度の矛盾点や問題点を指摘しつつ、トドのつまり特定の権利や権利者をディスる批判する”といった類の記事を最近書いてない、というかそもそも最近何も書いてないので、年越し前に一つ書いておこうと思いまして。
今年、といっても半年分しか集計できないのですが、アクセスランキングを見てみると一位はアナログゲームの知財の記事だったんですが、全体的に高いのが商標関係の記事なので(その種の記事が多いからか?)、商標に関して根本的な事を。
ライフワーク的に商標の審決をウォッチしていると、「なんでこんな普通の言葉が登録されるかなぁ」と思う事がままあります。
例えば、
商標「AI商標」は45類の特許事務所系の役務について識別力あり。定番の「辞書記載無し&一般的使用事実無し」基準。
— 前渋“CIV”正治@ヲタク弁理士 (@shibuaznable) December 29, 2019
まぁ、言葉通りのサービスに使っても権利行使不可な言葉の代表選手だな。
拒絶査定不服の審決|不服2018-17290 – 商標審決データベース https://t.co/ANoj8kf6la
「エアキックボクシング」は、“辞書等に載録がないものであってその構成文字全体からは原審説示のような意味合いを直ちに認識させるとはいい難い”として識別力あり。
— 前渋“CIV”正治@ヲタク弁理士 (@shibuaznable) December 19, 2019
やっぱ審判だと識別力の判断甘いよな。
拒絶査定不服の審決|不服2019-1852 – 商標審決データベース https://t.co/XAx6VgjHOv
第3類「シャンプー」に対して「ノンオキシーシャンプー」は識別力あり。
— 前渋“CIV”正治@ヲタク弁理士 (@shibuaznable) December 1, 2019
とはいえ、侵害訴訟の場面では確実に26条の事案だよなぁ。
特許庁の識別力判断と訴訟での26条判断のズレ、何とかならんか。
異議の決定|異議2018-900400 – 商標審決データベース https://t.co/X2Lu4xeXPG
こんな感じです。
「AI商標」と聞けば、「AIによる商標業務だろうなぁ」と思うでしょうし、「エアキックボクシング」であれば、「エアギターみたいにエアーでキックボクシングやる感じだろうなぁ」と思うでしょうし、「ノンオキシーシャンプー」であれば「ノンオキシーのシャンプーだろうなぁ」と思うでしょう。そんな一見普通の言葉が一個人、一法人によって商標登録されているわけです。
そんなのが登録されるような法律になってんの?
という疑問が当然にわくと思うんですが、原則として「普通の言葉」は登録されないような法律にはなっています。
第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一 その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
二 その商品又は役務について慣用されている商標
三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標<中略>
2 前項第三号から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。
ざっくり言うと、
1.商品やサービスの名称を普通に示す言葉
2.商品やサービスについて慣例的に用いられている言葉
3.商品やサービスの内容を説明した言葉
は登録不可。
ただし、
・3番については、商標として使用された結果、普通の言葉であっても「誰の商品か」「誰のサービスか」を需要者が認識できるようになったものは登録可。
となっています。
俗に、「識別力」と呼ばれます。
この「識別」とは、商品やサービスの提供者の識別子、すなわち商売上の「看板」となり得るか否かという意味です。
例えば、果物の「りんご」を「りんご」という表示で販売したとしても、その「りんご」は果物の種類を示しているだけで、その販売者や生産者を「識別」することはできませんよね。
(※と書いてから、例として「りんご」を出すと、識別力があるという例を出すに際して地域団体商標とか種苗法とかの話が絡んでくるのでめんどくさいと気付いた。。。)
例えば、「ABC果樹園」という果樹園が独自の栽培法や品種改良により、美味しいりんごを生産、販売していたとしましょう。この場合、「ABC果樹園」という商標であれば、上記の「識別力」があります。
そして、需要者としては「ABC果樹園の美味しいりんごだ!」と思って買うわけですから、他者が勝手に「ABC果樹園」というラベルを付してリンゴを販売することを禁止することには意義があるわけですね。
対して、例えば「黄色いりんご」や「黄色」という商標で、指定商品が「りんご」の場合はどうなるかと言うと、単純に言葉そのままの意味ですので、その商標を見た人は「黄色いりんごかぁ」と思うだけですよね。
そして、(黄色いりんごが美味しいかどうかはともかくとして)そんな言葉が誰かに独占されてしまうと、他の人は黄色いりんごを「黄色いりんご」「黄色」という当然の言葉を付して販売することができなくなってしまうので、登録不可と言う法律になっているわけです。
更に、この「識別力」の判断には裏側の適用条文もありまして、
第四条 次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
<中略>
十六 商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標
<後略>
例えば、上記の「黄色いりんご」、指定商品「りんご」の場合、前述の「 3.商品やサービスの内容を説明した言葉 は駄目」という条文と共に、その裏返し的な論理で適用されます。
指定商品「りんご」のうち、黄色くないものに「黄色いりんご」の商標を使用すると、需要者は当然「黄色いりんご」だと思って買うのに、実際には黄色くないわけだから「品質誤認の可能性がある」という判断です。
商標の判断で俗に「識別力なし」という場合、この2つの拒絶理由がセットで適用されることがほとんどです。
で、
最初にツイートを引用した3つの商標「AI商標」「エアキックボクシング」「ノンオキシーシャンプー」等はどうでしょう?
どれもこれも「識別力無し」という気がしませんかね。
事実、3つとも特許庁における最初の判断である審査では「識別力無し」として拒絶査定となっています。
その後、上級審である審判手続きにおいて審判官により審査された結果「識別力あり」という判断になったというのがリンク先の審決です。
この3件に限らず、審査において「識別力無し」となり、審判手続きにおいてひっくり返っているものの、個人的には「識別力無いだろ~」と感じる例が多いように思います。
審判において「識別力あり」となる理由
では、特許庁の審判において数多くの「間違った」審決がされているのでしょうか?
個人的には「間違っている」とは思いますが、特許庁が「間違っている」と思いながら審決しているわけはないですね。
では、特許庁はどういった論理で「識別力あり」という判断を下しているのか。
よく目にする論旨は、
辞書に記載が無く、一般的に使用されているという事実も無い
というものです。
この識別力の議論、個人的には「特定の意味を生じる言葉か否か」という点が肝だと思っています。
そして特許庁は、その「 特定 の意味」が「万人にとって想起されるか否か」を判断しているように思います。
その観点では、辞書に記載されている言葉や、指定商品において一般的に使用されている言葉であれば、「万人にとって想起される」という事で間違いないでしょう。
他方、その「 特定 の意味」を想起する人が限られているならば、上記の識別力の基準には引っかからないという判断になっていると感じます。
この判断基準に「正しい」も「間違っている」もないでしょう。「我が国特許庁はそのように判断して知財制度を運用している」という事です。
これが、一見して「普通の言葉」が商標登録されてしまう理由です。
つまり、現状の我が国特許庁においては「識別力」に関する判断基準が甘く、その結果、「普通の言葉」か否か微妙なライン(だけど個人的には微妙でもなんでも無く、完全に普通の言葉のレベル)の言葉が商標登録されてしまっています。
独占されてしまうのか?
では、上記の「普通の言葉」か否か微妙なラインの言葉が商標登録されてしまうと、その言葉は商標登録の指定商品、役務について権利者に独占されてしまうのでしょうか?
そんな事はありません。
ちゃあんと、そんな理不尽な事が起こらないように法律が整備されています。
商標権が及ばない範囲
第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
<中略>
二 当該指定商品若しくはこれに類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定商品に類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
三 当該指定役務若しくはこれに類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定役務に類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
<後略>
ざっくり言えば、
商品やサービスの説明になっているような言葉には商標権の効力は及びません
という条文です。
例えば、AIによって商標の自動検索や商標の願書を自動的に作成するサービスを構築したとして、そのサービスを「AI商標」として公開したとしましょう。
すると、サービス内容的には「AI商標」の指定役務である、第45類「工業所有権に関する手続の代理又は鑑定その他の事務,訴訟事件その他に関する法律事務,知的財産権に関する助言・相談・指導及び情報の提供」に当たりますから、形式的には商標権の侵害という事になります。
しかし、サービス内容的に「AI商標」というのはサービスの内容を示している言葉ですよね。従って、上述した26条の条文が適用され、権利行使は否定されます。
商標的な使用態様ではない
上述した26条の議論とあまり変わらない議論だと思っているのですが、「その言葉の使い方は商標としての使用態様ではない」という判断により商標権侵害が否定される場合もあります。
というか、上記の26条が適用されるよりもこちらの議論で権利行使が否定されている場合の方が多いような気がします。
その言葉の使い方は商品やサービスの説明のために用いられている言葉であって、商品やサービスの提供元である出所を表示するために用いられていないから、そもそも「商標」として使われているわけではない。だから権利行使の対象とはならない。
という議論です。
なるほどなぁと思いつつ、そのような判断ができるなら26条の条文要らなくない?なんて思います。
判例
では、そんな感じで権利行使が否定された商標権侵害の判例を見てみます。
といっても、過去の記事で書いた内容のコピペです。
◆タカラ本みりん事件(平成13年(ネ)第1035号)
宝醤油株式会社が「タカラ本みりん」という商標権を持っているのに対して、他の業者が(実際にタカラ本みりんが使われている商品に)「タカラ本みりん入り」と表示して売ってもセーフ。
◆がん治療最前線事件(平成16年(ネ)第2189号)
新聞・雑誌を対象とした「がん治療最前線」という商標権があるのに対して、「がん治療の最前線」と表示された書籍を出してもセーフ。
◆ドーナツクッション事件(平成22(ネ)10084)
クッション,座布団,まくら,マットレス等を対象とした「ドーナツ」という商標権があるのに対して、ドーナツ型のクッションに「ドーナツクッション」と表記して売ってもセーフ。
◆HP(ヒューレット・パッカード) QuickLook事件(平成22年(ワ)第18759号)
パソコン関係を対象とした「QuickLook」という商標権があるのに対して、HPが「Quick Look」という名称をソフトウェアの機能として用いても、それはファイルのプレビュー機能を表現しているのに過ぎないからセーフ。
こんな感じで、どれもこれも権利行使が否定されています。
ただ、すべて「商標的使用態様ではない」という判断。
やっぱり、26条の条文要らないんじゃ。。。
さておき、一見して「普通の言葉」が商標登録されてしまったとしても、このような形で権利行使は否定されます。
無意味な登録なのか?
では、上記の「AI商標」等の商標登録が完全に無意味な登録なのか、というと実はそういう事ではありません。
現状、このような登録の意味はあります。
というか、「AI商標」「エアキックボクシング」「ノンオキシーシャンプー」いずれも、それらの言葉に関する商品やサービスを展開してその言葉を使っていくのであれば、「念のため登録しておいた方がいい」という意見は現状あって然りです。
どういう事かと言いますと、
商標ブローカー
と呼ばれる輩がいるからですね。
過去の記事でも書きましたが、上記の26条の条文や「商標的使用態様ではない」という法的な判断についての無知を利用し、金を巻き上げる輩がこの世の中には確実に存在します。
なので、「他社に対して権利行使をするつもりはないけど、そういった連中に商標登録されると面倒なので自社で商標登録しておこう。拒絶されれば他社も登録できないって事だし、それはそれでいい。」というのが主な理由です。
(※といっても、審査で拒絶査定されただけでは不十分で、審判手続きまでいって拒絶と言う事にならなければ「他社も登録できない」という証左にはなりませんが。)
ぶっちゃけ、この理由での商標登録が推奨される現状はかなり間違っていると思います。
が、商標ブローカーに取られてしまってグダグダと言いがかりつけられて、相手が無知だった場合には最悪訴訟になるというリスクを考えれば、トータルで何十万か払って商標権を確保しておくというのは悪くない買い物という事になってしまいます。
商標登録されてしまった「普通の言葉」による権利行使が行われた場合でも、権利行使された側に一切の手間や費用が生じることなく権利行使が否定されるような制度になればいいと思うんですが、それはもう商標法ではなくて民法や民訴法の領域になってしまうのかな。
現状、善意か否か計りづらい
ということで、一見して「普通の言葉」に感じる商標が登録されていしまう理由と、その登録の意義についてはこんなところです。
「他社への権利行使」が認められないとしても、「自社利用の確保」、「商標ブローカーによる嫌がらせの未然防止」という観点で合理性がある以上、一見して「普通の言葉」の商標登録の全てに対して、
「こいつ、商標ブローカーだ!」
と批判する事はできません。
反面、「この言葉は商標登録されてしまっているから、普通の説明の言葉だけど念のため使うのはやめておこう」と思ってしまう人や会社が存在するのも事実。
これは商標制度の欠陥なのか、それとも訴訟制度の欠陥なのか微妙なところですが、こういった弊害が解消されるように制度が変わっていくといいなぁと思います。
という事で、2019年も有難うございました。
良いお年を。
““普通の言葉”が商標登録されてしまう理由と、その権利の有効性” への2件のフィードバック